第3話



「さてと。それでは今後の指針を決めましょうか」


 飲みかけの、紙コップに入ったコーヒーを片手に、おれの前を歩く舞。ワッフル屋を出て初めて気がついたけど、春の空は澄み渡る快晴だった。こんなに良い天気なのにそれに全く気がつかないとは。どれだけ沈んでたんだ、おれの気持ちは。


「聞こえてますか、修哉さん」


「聞こえてるよ。ていうかおれのこと、名前で呼ぶんだな。なんていうか、今更だけどさ」


「嫌ですか? もし嫌ならクズ男とでもお呼びしましょうか。それともカス男の方がいいですか? 私は別に、要望があればなんとでもお呼びしますけど」


「……いや悪かった、今後も名前で呼んでくれ」


「遠慮しなくてもいいですよ。私、訓練していますし、ある程度は頑張れますから。きっと、修哉さんの特殊な嗜好にも対応できると思います」


「訓練? 特殊な嗜好? 一体なんの話だよ」


「本当は、『オイそこの豚野郎』って呼んでほしくてたまらないのでしょう?」


「おれにそんなM属性はねーよ! ていうかやめて! こんな夢の王国でM野郎呼ばわりは!」


「それは残念。私はどちらかと言わずとも、ドがつくほどのSなので、修哉さんとは相性ぴったりだと思ったのですが。修哉さんがその趣味をひた隠しにしたいなら、私は引き下がるしかありませんね」


 引き下がってくれ、頼むから。あとさり気なくM認定するのもやめてくれ。声に出さず目で訴えるが、舞はどこ吹く風と言った表情だ。


「ところで豚野郎。今後の方針を決めるという話なのですが」


「さっきの会話、まるでなかったことになってるじゃねーかよ!」


「すみません、間違えました。ところで童貞野郎。今後の方針の話なのですが」


「いや童貞じゃねーよ! 1ヶ月付き合ったけど結局、元カノとはそういうこと出来なかったけどさ!」


「うわ、こいつの童貞臭、臭すぎ……?」


「童貞じゃねー! あとそんな顔でおれを見んな!」


「あはは。なんていじりがいのある人なのでしょう、修哉さんって。あなたのせいで、冗談が過ぎてしまったじゃないですか。ほんと、怒りますよ」


「あれ? なんかおれが悪いみたいになってない?」


「9割方、修哉さんが悪いですね」


「ほぼおれのせいじゃねーか!」


「まぁ、そんなしょうもないことは置いといて。話を元に戻しましょう。今後の方針についてです。さて、何か意見はありますか?」


 何故おれのせいになってんだ……?

 謎でしかないがとりあえず、これ以上いじられるのは得策ではない。なので舞の話題転換に乗っかることにする。


「今後の方針って言ってもな。とりあえず何とかしてその元カレを見つけるしかないんじゃないのか?」


「それはそうなんですけど、闇雲に探していても見つかる訳ありませんから。ここは日本一名高い、かの夢の王国ですよ? 数多の入国者の中から、特定の1人を探すなんて本当に至難の業です。ですので、取るべき手段は二択です」


「二択? 何と何の二択だよ?」


「定点監視と、流動警戒。この2つです」


「なんとなく意味はわかるけど、つまりはこういうことだろ? どこか一ヶ所に決めて張り込むか、あるいはターゲットを求めてあちこち彷徨うか」


「その通りです。修哉さん、どちらの方が、発見できる確率が高いと思いますか」


「そりゃ定点監視だろ」


「却下です」


「却下はや!」


 一蹴された。ていうか一蹴するくらいなら最初から選択肢に入れるなよ、と思うのだが。なのでここは反論してみることにした。


「まぁ聞いてくれ。定点監視はさ、人気の高いアトラクションの入り口で張り込めば、もしかしたらヤツが現れるかもしれないだろ? もしくはパークの出入口で張り込むとか」


「それでも却下です」


「なんでだよ!」


「それじゃあちっとも面白くありません。だってここは夢と魔法の王国ですよ? いろんなところを見て周りたいじゃないですか、そうでしょう? 一ヶ所に張り込んでたら、この王国に来た意味がありません」


「いやちょっと待てよ、お前、その元カレにどうしても復讐してやりたいんだろ? それなら、より確率の高い方を選ぶべきだと思うんだが」


 と言ったところで、舞の表情が思いっきり曇っていることにまた気が付いた。鋭い視線。どうやらまた踏み抜いたらしい。舞の地雷を。


「……修哉さん、また『お前』と呼びましたね。最初のはおまけしてあげますが、これが最初の警告です。2度と『お前』と呼ばないように」


「お、おぅ……」


 気圧されて、おれはそう言うことしか出来ない。なんて言うか、その目は怖さすら覚える。まるで抜き身のナイフを突きつけられている気分。


「ちなみに警告が3回に達すると、私はあなたに復讐しますから、そのつもりで」


「なぜおれに復讐を! おれ何もしてねーよ!」


「それじゃあ復讐じゃなく、急襲で」


「なんでだよ! 仲間だろ?」


「仲間でも、いえ仲間だからこそ絶対に越えてはならない一線があると、そう思いませんか? それにね、これ以上警告を貯めなければいいだけの話ですよ」


 ニヤリと笑う舞だが、おれにはもう恐怖の対象でしかなかった。その笑顔、怖すぎるぜ舞さんよ。


「というわけで修哉さん、我々は今から流動警戒を行います。2個班あれば片方、定点監視も有効かも知れませんが、あいにく私たちは1班2名しかいません。今の人員で最大限の効果を発揮するには、流動警戒一択でしょう」


「わかったわかった、言うとおりにするよ……」


「さてと。それでは行きましょうか」


「行くってどこにだよ。流動して警戒するってことは決まったけど、まずはどこを目指すかのアテは決めてないぞ」


「ヒントはこれですよ、これ。ヤツの1時間前のwireです。この写真、よく見ればヒントがいろいろとあるのです」


 舞が掲げるスマートフォンに、目を近づけてみる。はにかんだ優男の写真だ。その笑顔が非常に気に食わないが、確かにいろいろとヒントが見て取れた。ヤツの背後に写るのは、アメリカ西部を思わせる赤茶けた山々の風景だ。


「これってあれか。ヤツの後ろに映ってる背景は、ビックリナントカマウンテンか」


「……よくもまぁ、その程度の知識でこの王国の門がくぐれましたね」


「あれ何かおれ怒られてない?」


「怒ってなんかいませんよ。呆れてるだけです」


「余計ひどいな!」


「ビッグテンダーマウンテン。通称BTMです。容量が有り余ってそうな、そのスッカスカな脳みそに刻み込んでくださいね?」


 さらりと笑う舞。でもこれは純粋な笑顔じゃない、絶対に嘲笑だ。せめて一太刀反撃を、とも思うのだが絶対無理だろうな。マジで勝てる気がしない。


「いや待てよ、おれと同年代の男なんて普通、それくらいの知識だぞ? むしろマウンテンって単語が出てきたのを褒めてほしいくらいだ」


「今まで知り合った男性の方は、わりとこの王国の知識を持っていましたけど」


「それはきっとアレだ、今まで関わった男がレアだったんだよ。ってあれか、元カレもこの王国が好きだったのか。ていうか、そもそもの話だけど、なんで元カレはここにいるんだよ」


「そんなの、新しい女とのデートに決まってるじゃないですか。あの男は、新しい女が出来たらまず、この王国に連れてくるんですよ。あいつ、ここの年間パスを持っているらしいですから」


「年間パス保持者だと……?」


「家が近いそうで。まぁとにかく、このwireを見てもわかるように、今日ここにあの男が新しい女を連れてきているのは間違いないです」


「なるほどね。それだともうひとつ、新たな疑問がでてくるんだが、質問してもいいか」


「許可しましょう、どうぞ」


「知ってるのか。その……元カレの今カノを」


「実際に見たことはありませんが、顔貌ならある程度わかります。何度かあの男のwireに、写真がアップされていましたから」


「なるほど。その女、つまり元カレの今カノにも、復讐するつもりなのか?」


 そう問うと、舞は少し首を傾げた。その質問は想定してなかったって事なのだろうか。ややあってから、舞は答えた。


「さぁ、どうなのでしょう。私は、その女にも復讐したいのでしょうか」


「いや、それ今おれが訊いてるやつな」


「ちょっと考えてみます。女のことはさておいて、優先されるべきは対象の確保ですよ、修哉さん。確保が完了すれば、おのずと女への対応も決まると思います」


「なるほどな。とりあえず、元カレがどうしても許せないってスタンスか」


「その通りです。そしてここまで話していて、私は気が付いたことがあります」


「なんだ?」


「そういえば、あの男とここへ来たとき、初めに乗ったアトラクションはBTMでした」


「ってことは、」


「引き出しの少ないあの男のことです。もしかしたら過去のデートプランを踏襲しているかも知れません。あるいは、周るアトラクションの順番にこだわりがあるとか」


「なら、その次に乗ったアトラクションは?」


「確かそう、あれです。あれに乗ったはずです」


 舞の指さすその方向。当然おれにはそのアトラクションの名前なんてわからない。

 小高い丘の上から、小さな小舟が滝壺に真っ逆さま、というライドであるのは辛うじてわかった。おれは舞の次のセリフを待つ。


「血飛沫迸る阿鼻叫喚。ディスティニーランドが誇る人気アトラクションのひとつ。その名もスプラッタマウンテンです」


 スプラッタマウンテン。おいおい、すげー名前だな。でもなんでそんな悪い笑顔してんのかな、ねぇ舞さん。

 舞は獲物を見つけた肉食獣のように、ニタリと笑いながらそのアトラクションを見つめていた。


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