第2話
「舞です。私の名前は
グレイトフルアメリカン・ワッフルカンパニーと言う大層な名前のワッフル屋に連れられて来て、席に着くなり女の子は独りごとのようにそう言った。
語尾に「それで、あなたのお名前は?」と一応付いていたから、独り言ではないのだろう。名乗られたからにはこちらも応じねばなるまい。
「吉福修哉。26歳、しがない会社員だ……って、なんだよその顔」
見ると女の子は何故か、笑いを噛み殺しているような表情だった。やっぱあれか、独り身の社会人、それも26歳を過ぎた男が、夢の王国にソロ入国ってのを笑われてんのか、クソッ。
「あ、いえ別に。こっちの話です」
「こっちってどっちだよ。今はおれとしか話してないだろ?」
「それなら思い出し笑いです。気にしないで下さい。それよりも、ふうん、修哉さんって言うんですか。よろしくお願いします」
ぺこり。頭を下げられた。なんとなく癪だが、おれもそれに倣う。傍から見れば、謎の組み合わせの2人だろうな。夢の王国のワッフル屋で、頭を下げあっている2人なんて。
考えてみれば、自分でも本当に謎の行動をしていると思う。初対面の女の子に誘われて、結局おれはのこのこと付いてきてしまっていた。
美人って得してるよな。女の子の顔を見て、ぼんやりとそう思った。加えて男は現金だとも。
昨日、彼女に振られたばかりなのに。最低な男だと自己嫌悪に陥るが、おれの気持ちを知る由もない舞と名乗った女の子は、そのまま言葉を継ぐ。
「それで修哉さん。早速ですが、具体的なプランの説明に入ろうと思うのです」
「待てよ、何だその〝具体的なプラン〟ってのは」
「決まっているでしょう。私の復讐プランですよ」
「さっき言ってたやつか。おれはお前の復讐に加担するなんて一言も言ってないからな」
おれがそう言うと、途端に女の子の表情が曇る。言い方が少しばかりキツかったのだろうか。でもいきなり復讐なんて加担できるはずがない。詳しいことは何も聞かされていないのに。
「一体、何のために自己紹介をしたのでしょう。私は、舞と呼んで欲しいと言いましたよね。間違いなくそう言いました。なのにいきなり〝お前〟呼ばわりですかそうですか」
「いや、初対面の女の子を呼び捨てにできるタイプじゃないんだよ、おれは……」
「当の私が、そう呼んで欲しいと言っているのです。それなら何も問題はないでしょう。それにここは夢の王国ですよ。いつもと違う自分になれるというチャンスでは?」
なんか、ぐいぐい来るなこの子……。出会った当初の冷徹な空気はどこに行ったんだ。
「さ、どうぞ。これからは私のこと、舞と呼び捨てにするといいです」
にこりと微笑む舞という女の子。威圧的な微笑だ。本当に呼び捨てにしろというのだろうか。
「ま、舞……さん?」
また曇る表情。
「舞ちゃん?」
「……馬鹿にしているのですか?」
「よ、よろしく。舞」
「少々ぎこちなさはありますが、まぁ及第点としましょう。確かに少し急ぎすぎていたかも知れませんね。という訳ですので、まずは甘いものでも食べて、脳に糖分を補給しましょう」
舞はそう言うと、近くの店員、ここではキャストと言うらしいが、とにかくキャストに声を掛け、手早くワッフルセットを2つ注文する。ちなみに、おれの希望は全く聞いてくれない。
「ここはどう考えてもマッキーワッフルセットです。ドリンクはコーヒー、それもブラック一択です」
マッキーとはもちろん、ここTDRのシンボルキャラクタの名前だ。舞いわく、そのキャラクタの形を模したワッフルがここのイチオシらしい。
「私、ここのワッフルは大好物です。少し甘すぎるとの声もありますが、その甘さとブラックコーヒーの相性は抜群の一言。ぜひご賞味ください」
「詳しいんだな」
「まぁそれなりには。私、この国が大好きですから。それこそ、独りでここに来てしまうくらいに」
そうだった。舞も、ここに独りで来ている人間だった。おれは何ていうか、そういう流れになったから独りで来たわけだが、舞は何故ここに独りで来ているのだろう。
「なぁ、なんでここに独りで来てるんだ? マジで、さっき言ってた復讐のためなのか?」
「その通り、ひとえに復讐のためです。私にはどうしても復讐したい相手がいるのです」
「誰なんだ、その復讐してやりたい相手ってのは」
「……興味がありますか?」
「ま、多少はな。こんな夢の王国で復讐だなんて、ミスマッチにも程があるだろ。だから正直、興味が沸かないこともない」
「ここから先を聞くということは、もうそれは私の復讐プランに加担すると解していいのですね」
「いやちょっと待ってくれ。ひとつ聞きたいことがあるんだが、いいか」
「ダメです」
「なんでだよ! 即答かよ!」
「いいですか修哉さん。そんなのだから彼女に振られるのですよ。ここはびしっと一言、〝おれに任せろ〟と言っておけばいいのです。それで万事OKです」
「OKな訳ねーだろ、どう考えても! おれにとっちゃ知らない誰かに、何かしらの害を与えることになるかもしれないんだぞ。生まれてこの方、犯罪に手を染めたことはないんだよ、おれは!」
「そんなのだから振られるのですよ」
くすくすと笑う舞。その顔を見て、おれは思わず地団駄を踏みたくなる。くそっ、なんか弄ばれてる気がしてきた。こいつ、絶対おれで遊んでる。
ちょうど良いタイミングで、注文したワッフルセットが運ばれてきた。メープルソースとチョコレートソース、そしてストロベリーソースがこれでもかと掛かった、見ただけで甘いとわかるワッフルだった。
「さ、どうぞ。冷めないうちに。ここは私がご馳走しますので」
勧められて、おれはワッフルを一口齧った。確かに美味い。でもやっぱりゲロ甘い。食べる前からわかってたことだけど。
「美味しいでしょう、甘いでしょう。でも、私の復讐はこんな甘くはありませんので、そこはご心配なく」
いや、そもそもその復讐が心配なのだが。とりあえず予防線を張ろう。参加の是非は後にして、せめて復讐の内容くらいは聞いておきたいところだ。刃傷沙汰で逮捕とかゴメンだからな。いやマジで。
「あのさ、その復讐への加担だけど、いきなり即答は出来ねーよ、やっぱり。せめてその復讐がどんな内容なのか聞かないと」
「さっきも言いましたけど、ここから先は、修哉さんが私を手伝うと決めてくれたら話します。なぜこんなことになったのか、事の始まりからを」
「おれ、逮捕されたりしない?」
「されませんよ。あなたが逮捕されたら、共同正犯として私も逮捕されると思いますし」
甘いワッフルを口に入れながら、しばし考えた。どうせここでやることなんておれにはない。独りで過ごすにはキツすぎる場所だし、誰かと一緒なら気が紛れることは間違いなく事実だ。
ま、いいか。どうせヒマだしな。それに犯罪ではないらしいし、復讐って言ってもそんなにエグイ内容じゃないだろう。3日間、どう暇を潰そうか悩んでいたことも事実といえば事実だし。
おれは深く考えずに、首を縦に振っていた。おれの返事を受けて、舞はニヤリと笑う。
「それではお話ししましょう。事の始まりを」
舞は大きく口を開けると、満面の笑みでワッフルに齧りつく。ぱたぱたと、ストロベリーソースが皿に零れた。思わず鮮血をイメージしてしまうが、刃傷沙汰になんかならないよな。そうだよな?
ビビりまくってるおれとは対照的に、舞はなぜかとても嬉しそうに、事の始まりを告げてくれた。
「お恥ずかしい話なのですが。実は私も、振られたのです。2週間前、彼氏に。だから私は修哉さんのお気持ち、とてもよくわかりますよ」
「え、まじか」
「まじです。それはもう、ばっさりと振られました」
「それで、その彼氏に復讐したいってことなのか?」
「はい、その通りです。その彼氏……いえ、もう元彼氏なのですが、私と付き合っていたのにも関わらず浮気をして、新しくできた女のために私を捨てました。これ、許せると思いますか?」
この時初めて、目の前の舞に強い親近感を感じた。わかる、わかるぞその気持ち。悲しいとか悔しいとか苦しいとか、いろんな感情が混ざり合った言いようのないあの気持ち。それは、当事者にしかわかるまい。
「私は許せない。いいえ、絶対に許さない。だから復讐をしようと決めました。そしてここに独りで来たのです。修哉さん、これを見てください」
舞は淡い桜色のスマートフォンを見せてくれた。ディスプレイに表示されていたのは、とある男のSNSのタイムライン。そのSNSの名はwire。ほとんどのスマホユーザが入れてる人気アプリだ。
ディスプレイには優男風の男が笑顔で写っている写真が表示されていた。今から1時間前のタイムラインにはこうある。
『彼女とTDLでデートなう』
……純粋にキモイ。
なう、とか言ってんじゃねぇ。
「これでわかったでしょう。私がここにいる理由が」
「今日、ここにそのターゲットが新しい彼女と来てるってことか。そいつを見つけ出して、復讐を果たす。それが今回の目的なんだな」
「そういうことです」
なるほど、よくわかった。自分を蔑ろにした男に復讐する。そのために舞はここに独りで来たということだ。それを聞かされたら、手伝わないわけには行くまい。
「元カレは重度のwire中毒者です。事あるごとに心底どうでもいいことをタイムラインに上げていますから、wireを逐一チェックしていれば、元カレの現在地などが特定できるかも知れません」
「なるほどな。wireを分析し特定して、追跡していくってことか。首尾よくこいつを捕まえたら、どう復讐するつもりなんだ」
「……それは、」
「それは?」
「その時が来たら、お教えしましょう。それまで楽しみにしておいて下さい」
ニヤリと不敵に笑う舞。美人はどんな顔をしていても絵になるな。なんて場違いなことを思ってしまうほど、舞のその笑顔は印象的だった。
「3日間です。この3連休で私は結果を出します。元カレも3連休、フルでここを楽しむつもりだと既にwireで確認済みです。修哉さんも、3日間ここに滞在するつもりだったのでしょう?」
そうだった。嫌なことを思い出させてくれる。ここで3日間、彼女と楽しもうと思っていたのだが。でも仕方がない、もう彼女はいないのだ。
「ぐちぐちと悩んでいても、良いことなんてひとつもありませんよ。過ぎたことは過ぎたこと。時間は不可逆で元には戻りません。それなら、切り替えてこれからを有意義に過ごした方が、いいとは思いませんか」
舞の言うことももっともだ。女々しく悩んでいたって、ただの時間の浪費だろう。これからの時間を、別のことに使ったほうがマシに思えてくる。そして、舞はその切り替えが既にできているってことだ。
「それに、」
舞は一旦、言葉を止めた。言い淀んでいるのか、それとも何かを躊躇ったのか。ややあって、続きが聞こえた。
「お願いしている立場ですから、手伝ってくれるのならもちろん、ささやかな報酬をお渡しする予定です」
「報酬?」
「申し訳ないですが、高価なものは用意できません。だから過度な期待はしないで下さい。本当に、ささやかなお礼です。目標を達成すれば、お渡ししますよ」
ささやかな報酬、か。まぁ何でもいい。それこそ晩メシを一回ご馳走してもらえるくらいでも、今のおれには充分だ。
おれにとってそのターゲット、つまり舞の元カレに当たる男は、当然見ず知らずだ。
そいつに申し訳ない気持ちがない訳ではないが、時には誰かに八つ当たりだって必要だろう?
「よし決まった。思い直したぜ。やるからには全力でやるよ、まさか同じ境遇だとは知らなかったしな。もう他人事には思えない。おれにも一枚噛ませてくれ」
「そういう思い切りの良い男性は、私は嫌いではありませんよ」
舞はまた、例の笑顔でニヤリと笑った。
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