第3話 一帖 春三年 咲かぬ都の蕾 その3
「熱っ!」
顔に
「この
目の前にある竈の中は、真っ赤に燃えて、低く
「掌、外の
冷たい水に
美味宮になるために、
「火の番? なんで? わたしは料理の
火の番を命じられた初日はそう言って反発したが、奈津は「火の番をしろ」の一点張りで、とりつくしまがなかった。
真佐智は、
今朝はくべる
誰かがそれに気がつき、竈の近くにいた真佐智に向かって、「薪を一本
あのとき奈津が襟首を
(奈津は「責めてるんじゃない」と言ったけど、やっぱり、わたしのような考えの
美味宮になるためには、これからずっと、竈の前で座っているわけにはいかない。
(教えてくれないなら、自分の力だけで習得するしかない)
そう思うのだが、これが簡単ではなさそうだった。奈津たちは
今まで何気なく口にしていた料理は、目の前にぽんと出されるだけのものだった。作るのには人の手が必要だと知ってはいても、感覚的には、さらさらと文を書くのと同じ程度の手間としか想像できていなかった。
しかし実際料理とは複雑で、
ずっと幼かった
北山の山桜の下で、
真佐智の手でそれを父の口に入れると、父はとろけるような
小さな鞠には
あれは、どれほど手間をかけて作られたものなのだろうか。
そこまで考えたとき、父と食べたあの味をうっかり思い出している自分に気がつき、むかむかした。父の存在そのものにも、自分の現状にも腹が立つ。
腹が立つといえば、奈津と
厨に近いひと
まとめ役の炊部なので、奈津が寝るのはさすがに戸で仕切られた場所だ。しかし十人の気配も声も
真佐智は初日の夜からずっと、
昨夜も寝付けないままに天井の板目を見つめていたら、こちらに背を向けていた奈津が、ふいに声をかけてきた。
「寝られないのか。
「違う。逆だ。ここは賑やかで慣れない。
奈津が寝返りを打ち、こちらを向く。
するとまた、「寝ろ」と強く命じられたので、仕方なく目を閉じた。彼の言葉に従いながらも、高圧的な態度への不満が
(冬嗣と寝起きできれば、まだ良かったのに)
けれど冬嗣も、どことなく軽々しくていい加減な男だ。斎王から真佐智を仕込めと命じられながら、結局、奈津に丸投げしているのだから。
「
頭の上に
「……
思わず問うと、少女は少年みたいにあけっぴろげな笑顔になる。
「わたし? 斎宮寮の人たちは、
(頭の?)
斎宮寮には神事を
この斎宮寮で「頭」といえば寮頭のことであり、要するにこの斎宮寮を実際に取り仕切る、最高責任者でもある。
(ということは、この子は)
気がついた
「寮頭の
◆◆◆
「そうよ? ねぇ、手を見せて」
真佐智の
驚きで
「火傷になりかけるなんて、ひどい。あなたよね?
同年代に見えるが、はきはきとした口調と、躊躇ない振る
「どうして知ってるんですか?」
「だって、あなたに会いに来たのだもの。父君から美味宮になる子が来ると聞いて、どんな子かなって興味はあったんだけど。
頭の小君は真佐智のあつかいについて、
「心配してくださったんですか? 見ず知らずなのに。どうして」
「ひどいあつかいを受けている人がいると聞いたら、あなただって心を痛めるでしょう?」
頭の小君は真佐智を勇気づけるように強く
「大丈夫。わたしは、あなたの味方よ。
頭の小君の言葉のおかしさに、真佐智は何度か
「頭の小君。炊部司で、何してる」
奈津の声がした。
「気の毒な姫君の話を聞いて、いても立ってもいられなくなったのよ。
確かに今、頭の小君は「姫君」と言った。やはりと、真佐智は
奈津は頭の小君の正面に立つと、
「そいつは、男だ」
「ええ、男の身なりをさせて、男として修業させているのでしょうね。けれど、こんな
憤慨してくれるのは嬉しいが、同時にどんどん落ちこむ。
「頭の小君。わたしは、……男です」
きょとんとして、頭の小君がふり返った。
「そんなはず、ないでしょう? だって美味宮は女ですもの」
「
奈津が説明すると頭の小君は目をまん丸にして、「本当か」と問うように真佐智を見る。
真佐智は引きつりながらも、なんとか
「わたし、てっきり……! しかも、この人があまりにも
「おまえが学問
奈津が、寮頭の姫君を「おまえ」呼ばわりしたことに
「でも、男の子だとしても、意地悪なあなたと修業するのは
頭の小君は憤慨しているが、それは、おまえ呼ばわりされたことに対してではない。
(それが当然のように許されている? どういうこと? 奈津は、何者?)
疑問が
「それに文句があるなら、
「ほら、そういう言い方をする。そんな言い方しかできない人と
「あ、うん。わかった」
奈津は
「で、おまえは、意地悪な俺と一緒に修業する気があるのか」
八つ当たり気味な彼の言葉に、反論した。
「意地悪と言ったのは、わたしじゃなくて頭の小君だ。しかも修業をやめるなんて、一言も言ってないだろ」
「じゃあ、早く厨に
「お姫さん!? なんでわたしが、お姫さんなんだ」
「ああ、悪い。つい」
おざなりに謝った奈津は、すたすた歩き出す。真佐智も
「ついって、なんだ」
「見た目? 頭の小君より、女っぽく見えた」
(こいつ、腹が立つ──!!)
しかし、いくら
「そういえば、頭の小君と奈津は親しいの?
「ただの
奈津は当然のように答えたが、しかし寮頭の姫君と炊部の少年では、身分が
(奈津はどんな
興味がわいたが、無表情な横顔を見ると
(まあ、どうでもいい。お友だちでもないんだから)
双花斎宮料理帖 三川みり/角川ビーンズ文庫 @beans
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