第8部

「最期の瞬間、私はイヤになったよ。」

彼女は言葉を続けていく。

「走馬灯、っていうのかな。それに浮かんでくるのはキミの顔だけだもの。

それ以外のいい思い出は無いのかって、自分でも思ったよ。

……でもその時気づいたんだ。私の青春ってのは、きっとキミに奪われたんだって。

だって私の青春にはキミしか居ないんだもの。私の青春はあの日から止まったまま。

だから決めたの。いつかもう一度キミが私の目の前に現れた日には、私の青春を返してもらおうって」


僕の目から、どうしてだか熱いものが流れて止まらなかった。

ああ、そうだったんだ。僕は。

いろんな思いが胸のうちに混ざり合ってこみ上げてくる。それでも、彼女は話し続ける。


「私さ、いまになって思うんだよ。

もし、キミに出会ってなければこんなに苦しい思いをせずにすんだんじゃないかって。

でも、でも……。私にこんな思いをさせるのは、世界中どこ探してもキミだけなんだよ。だから、だからさ」

 彼女の目に涙が溢れていた。

一筋彼女の頬を伝っていくものが、オレンジ色の光をうけて幻想のように光を反射していた。


「私は、きちんとこの青春を終わらせたいんだよ。

青春ってものが取り戻せないものだってことくらいわかってる。

だけどそれならせめて、きちんと終わらせたいんだよ。キミにさよならを伝えたい。

キミが最期に思い出す私の顔が、笑顔であってほしい。そう思って」

僕は何も言葉を発せずにいた。ただ彼女の言葉に耳を傾けていた。


「ここは、すべての時が交わる場所。あの日のキミがここにいる。あの日の私がここに存在する、そんな場所」

観覧車は一番高い場所へと上っていく、彼女の声はどこかうわずっているように聞こえた。


「ここにキミが来た時、どうしてキミがここに来ることになったのか、なんとなくわかっちゃったんだよ」

彼女は、僕をただじっと見つめ話を続ける。

「キミがここに来るなんて、あり得るはずなかった。

ここは死んだ者が生きていたときの記憶を繰り返すためにある、ただただ不毛な世界。

こんなところにキミがくるなんて、あってほしくなかった。

私はただ、生きていたときの、あの一番幸せだった時間を永遠に繰り返すことができれば、

それでよかった。なのに」

彼女の嗚咽が、言葉の端々に漏れていた。


「キミが、ここにやってきてしまった。

キミをあの交差点で見つけた瞬間にすべてわかったよ。キミがどうしてこんな場所にたどり着いたのか、って」

彼女は涙を拭い、じっと真剣な眼差しで僕を見つめていた。


「キミが、私のあとを追おうなんてバカなこと考えたんだって、そう思った。どう? 合ってる?」

自分の頭の中に、あの日のことが洪水のように溢れ出す。

そうだ、自分はあの日。あの交差点で、あの花を片手にじっと彼女の死んだ瞬間のことを考えていたんだ。

どんな気持ちで、どんな感触を最期に味わって死んでいったのだろう。そんなことばかり考えていた。


そして、行き着いていたのはある考えだった。

僕さえ居なければ、彼女は死なずに済んだのではないだろうか。

あの日、僕がほんの少し寛容であれば。ほんの少し思慮深ければ。

ほんの少し、彼女のことを、弥生のことを傷つけてしまうことを考えていれば。


僕なんか、存在しなければ。キミは死なずに済んだはずなのに。

僕の罪はきっと、自分が想像できないほどに、重い。

……それならいっそ。

「キミは死んでしかるべき人間だったのに」

あの時、僕とそっくりの彼が言った言葉を思い出す。あれは、間違いなく僕自身だった。

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