第7部
「ねえ」
彼女の背中に声をかける。
「なに? どうしたの」
「さっきの女の子だけど」
「ああ、私そっくりだったね」
彼女はまるでなんの気にもかけていない様子だった。
「間近で見ると、やっぱり変な感じだよね」
「……キミは、なにか知っているみたいだけど、あの子とキミはなにか関係あるの?」
「関係も何も、あれはいつかの私だよ」
彼女はさも当然のようにそう言った。
彼女はそっとさっきまで女の子が居たところを振り返る。
僕も振り返ったけれど、そこはもう闇に飲まれ見えなくなっていた。
「それって、どうゆうこと?」
「ん? それはこれからゆっくりと」
そう言って彼女は空を見上げる。
長い長い広場の開けた先。大きな大きな観覧車が、僕たちの目の前にそびえ立っていた。
オレンジ色の光を放つそれは、ただ空を覆うばかりに夜空に暖かな色の孤を描いていた。
それから彼女は僕の手を引いて、観覧車へと近づいていく。
観覧車の足元には誰もいなかった。
普通は係員さんのような人がいるものだと思っていたけれど、不思議なことにゴンドラは僕らの目の前で扉が勝手に開きそのまま誰ものせないまま再び空へと孤を描きながら上っていくのだった。
「さ、行こうか」
彼女はなんでもないように僕の手を引く。
そして扉の開いたゴンドラに飛び乗る。僕もなんとか振り落とされないように飛び乗る。
ふう、と息をついている間にも僕たちはどんどん空へと上っていく。
窓からは広い遊園地だけでなく、僕が立っていた交差点や彼女といたファストフードの店、街全体の輝いているのが見えた。
息を落ち着かせ、彼女の真正面に座る。
彼女はただ、僕のことをじっと見つめていた。
「そろそろ聞かせてもらってもいいとは思うんだけど」
僕は彼女の目をじっと覗き込む。
「聞くって何を?」
「今まで起きたこと、全てについて。僕がどうしてここいるのか、キミがどうして僕をここに連れてきたのか」
僕は真剣だった。
彼女が僕に対してどんな解答を用意しているのか、それをじっと待ち続けていた。
「……どこから話せばいいかな」
彼女は遥か下に広がる、あの広場をじっと見つめていた。
「じゃあ、まずは私が何をしにここに来たのかから話そうか。きっとそれが、一番わかり易いかもね」
彼女は視線を動かさず、まるで独り言のようにそうつぶやいた。
「私がなくしたもの、正確に言えばキミに奪われたもの、っていうのは」
彼女はそういって僕の目をじっと覗き込む。
キミに奪われたもの。
僕はおもわずたじろいでしまう。僕が彼女から何を奪ったというんだろう。
「私がなくしたのは、私の青春」
彼女は澄んだ瞳で僕を見つめながらそういった。
「青、春……?」
僕には意味がわからなかった。
どうすれば、人の青春なんか奪えるのだろう。そればかりが頭の中を駆け巡っていく。
「そう、青春」
彼女は、そんな僕にかまうことなく言葉を紡いでゆく。
「ほら、あそこ」
あっけにとられている僕の肩をたたき、彼女は遥か地上、観覧車のすぐ足元を指差す。
そこでは、誰か男の子と、女の子が立っていた。
けれど、二人は少し距離をおき向かい合って、言葉を交わしている。
けれどその表情は決して楽しげなものではなかった。
どうやら二人は言い争いをしているようだった。
「あれ、分かる?」
彼女はどこか懐かしむような口調で僕に問いかけた。
「あれは一ヶ月前のキミと私。二人でデートに来たはずだったのに」
彼女は悲しそうな表情でそんなことを漏らす。
僕の中で、なにか忘れていたものが声を上げたような気がした。
けれど彼女はそんな僕には気をかけず、話を続ける。
「どうしてだか、キミと私は喧嘩になって。確かきっかけは、なんでもない些細なこと。
きっとどちらかが、ぐっと我慢をすれば済む話だった。それでも、」
彼女はじっと外を見たまま言葉を続けていく。
「私が、ごめんって言えばすんだ話なのに、どうしてだかつまんない意地はっちゃって。
そのまま私はどうすればいいのかわからなくなって遊園地を飛び出した。
あんなにわくわくして通り抜けた入り口の門も、すごく暗く見えた」
彼女はじっと下を見ながら、その髪の先をそっと指で弄んでいた。
その仕草にまた、僕の記憶がうごめきだす。
「それから先の話は、滑稽きわまりないんだけどさ。
自棄になった私はどうなったと思う? 多分キミは知ってるとは思うんだけどさ」
彼女はそっとため息をついて、顔を上げた。
「馬鹿みたいだよね。信号無視して車に轢かれてそのまま死んじゃうなんて。笑い話にもなりやしない」
彼女の瞳に、オレンジ色の光が揺らめいていた。
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