第6部

ふと、誰かと方がぶつかった。

ふと足を止める。彼女の手がするりと離れた。


あわてて数メートル後ろを振り返り、心臓が止まりそうになった。

そこに見えたのは、僕だった。


数時間前のことが頭をよぎり、おもわず体を固くする。

けれどもそこにいた僕は、交差点で見た僕とはまるで違う表情をしていた。

穏やかな、まるで何かを楽しんでいるような表情。

そしてその後ろには誰か女の子がいるようだった。顔は影になってよく見えなかった。

僕たちはお互いに向かい合って、じっと見つめ合っていた。


僕も彼女のことを思い出し、慌てて振り返る。

彼女の姿はもう小さくなりつつあった。

もうひとりの自分は、小さく笑って僕に手を振る。行け、ということなんだろうか・

けれどもこういう時、僕はどうすればいいのかわからなかった。

とりあえず分かるか分からないくらい小さく頷いて、彼女の背中を追った。


彼女を追いかけながら、考える。

あれは何だったんだろうか。あれは確かに僕だった。

そして、なぜだか、僕はあんなふうにあそこに立っていたことがあったような気がする。

デジャヴともまた違ったような感覚。まるでタイムマシンで過去の自分をみているような、そんな感覚。


一体ここで何が起こっているんだろう。そもそもここは本当に遊園地なんだろうか。

必死になって彼女の背中を追いかける。

ここで彼女の姿を見失ったら、僕はどうすればいいのかわからない。

ともすれば消えてしまいそうに思えた。

ふと、少し遠くを走る彼女が振り向き足を止めた。僕はようやく彼女に追いつく。


「どうしたの? もうバテちゃった?」

「いや、そういうわけでは」

「じゃあ、どうしたの?」

「その……なんというか」

いまさっき体験した出来事をうまく表現する言葉が、僕にはすぐ思いつかなかった。

「幽霊かなにかでも見たの?」

「まあ、そういうことにしておくよ」

「そう……」


彼女はそう言って今度はゆっくりと歩き始める。

「ちょっとバテちゃった。こんなに走ったのは久しぶり」

さっきと同じように、僕の少し前を彼女が歩く。

「で、どんな幽霊だったの?

「え?」

「気になるじゃない。教えてよ」

「……僕に、そっくりだった」

「へえ、それは不思議な幽霊だね」

彼女は前を向いたまま笑っているようだった。

けれどふと、足を止めて僕の方を振り返る。僕もとっさに足を止める。


彼女はあたりを見渡して。

「ま、こんなところだしね。不思議なことの一つや二つ、不思議じゃないのかもね」

そんなことをつぶやく。

「キミは知ってるんだろ。ここが、どこなのか」

「……さあ」

彼女は、笑った。そしてまた走り出した。

「私にもよくわからない」

そして僕はまた、彼女の背中を追う。


あたりは、やはり何も見えない。

ただ、雪だけが暖かな光にすかされてぼんやりと舞い落ちている。

僕たちは一体どうしてこんなところにいるのだろう。

……彼女はこんなところで、何をなくしたんだろう。


見上げると、観覧車はもう目の前に迫っていた。

それをもう目の前にして、彼女は立ち止まった。

振り返ると、少し離れた場所を指さした。その先の、ガス灯の形をした街灯の下。

一人の女の子が一人で立っていた。

「あの人も、不思議だね」

そう言って彼女は、その女の子を見つめたまま歩き始める。

「私にそっくりだ。まるで生き写しみたい」


彼女は軽い口調でそう言った。

すれ違いざま、僕は慌ててその人の顔に見をやる。

その顔は間違いなく彼女にそっくりだった。

けれど、そこに居たもうひとりの彼女は、泣いていた。

とても悲しそうで、苦しそうな表情で。

まるで何か大事なものをなくしてしまったような、そんなようだった。

胸の奥に言いようのない苦いものがこみ上げてくる。


そんな彼女のそばをそっと通り過ぎていく。

彼女は、いつからあそこで泣いているのだろうか。いつまであそこで泣いているんだろうか。

そして、彼女はもうひとりの彼女を見て何を思ったのだろうか。

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