第5部

それから歩くこと数分。僕と彼女は遊園地のゲートの前にいた。

観覧車は、そのオレンジ色の輝きとともにその雪の降る空いっぱいに、ゆっくりと回っていた。


「はい、これ」

そう言って彼女は僕にチケット差し出す。

もう片方の手には自分の分のチケットも握られていた。

「えらく準備がいいんだね」

「ま、たまたまね。手に入ったの」

「そう、なんだ」

僕はゆっくりと彼女の差し出したそれを受け取る。


「それにしても」

ゲートをくぐる直前、彼女はいたずらっぽい笑みでこちらをちらりと見た。

「こんなところで、雪の日に二人きりなんて」

そこでいちど言葉を区切って。

「わたしたち、恋人同士みたいだね」


「そんな──。僕はただ」

「はーいはい。わかってるって。冗談通じないなあ、キミは」

彼女は小さくため息をつく。

「こっちだって自殺志願者の恋人なんてまっぴらだよ」

「だから、それも」

「はいはい、わかったわかった」

そういって彼女はさきさきとゲートの向こうへと進んでいく。


「ああ……もう」

僕も小走りになって、その背中を追い遊園地へと足を踏み入れる。


夜の遊園地は、この雪のせいなのかあまり人はいなかった。

ジェットコースターなどのアトラクションはもう動いていないようだったが、

そのかわりに暖かな色の光をまとったメリーゴーランドやコーヒーカップがゆったりと動き回っていた。


「そういえば、だけどさ」

彼女の背中に向かって声をかける。

「ん、どうしたの?」

「落とし物って、なに落としたの?」

「知りたい?」

「知りたいも何も、教えてくれないと探せない」

「ま、それもそうだよね」

彼女は足を止め、白い雪を降らせる黒い空を見上げる。


「でもさ、その前に」

彼女は遠くに見える観覧車を指差す。

「せっかく遊園地に来たんだから、まずは楽しんでいこうじゃない」

「そんな」

「あのゴンドラの中で、ゆっくり話すからさ」

彼女はそう言って僕の手を、握った。


「え?」

「さ、はやく行こうよ」

そして、僕の手を引いて。彼女はあの大きな観覧車へと走り出す。

白い息を漏らしながら、走るその顔はどうしてだか、とても楽しそうに見えた。

僕はそんな彼女に手を引かれるままに足を動かしていた。

「観覧車まわれよまわれ思い出は……ってね」

少し荒くなった呼吸の隙間で、彼女はそんなことをつぶやく。


「……今なんて」

「いや、なんでもない」

冷たい風を切って僕らはただ走っていく。

冷たい空気の中をオレンジ色の光に向かって進んでいく。

もしかして僕は彼女にいいようにされているだけなんじゃないだろうか。

そんなことをちらりと考える。


彼女は落とし物なんてしていなくて、ただ僕をこんなところに連れてきて

からかっているだけなんじゃないだろうか。

でも、どうして僕なんかを。

息を切らせて走る彼女の顔が見える。

僕は記憶をなくしていて、彼女も何かをなくしているのかもしれなくて。


この時間がずっと続いたら。そんなことが、ほんの一瞬頭をよぎった。

ふとあたりを見渡すとあたりには誰も居なくなっていた。

あるのは雪の舞う、レトロな街灯の並ぶ広場を走り抜ける僕たちの姿と、観覧車だけ。


外の景色も、他のアトラクションも、施設も全て闇の中に塗り込められてしまったような。

目の前を走る彼女がぼんやりとした光に照らされて輪郭を淡く浮き出させていた。

どこまでも続いていそうな広場を、彼女に手を引かれ走っていく。

僕はただ、彼女だけを見つめて息を弾ませていた。

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