棋力の差

「対局の時、そーゆーことしたりしないの?!」


「するもんじゃねぇし、したって無意味だよ。ズルとか反則以前の問題だよ」


 ミイワの素っ頓狂な声を上げるが人族のオーカクは冷静に受け答えた。

 誰かの心や思考を読み取る魔術は存在する。

 しかし対局中に相手のそれを読み取ることが出来ても、相手が勝利への決定打を放ってしまった後は何の意味も効果もない。

 相手の次の手の予想が確実であっても突然のひらめきが浮かんだら、それを止める手立てはない。

 思考の先読みよりも盤上での進行の先読みをする方がはるかに有意義なのである。

 ましてや公式戦では時間制限も設けることもある。無意味になるかもしれない行為に時間を割く方が愚行である。


 ジーゴはミイワと共に、ライオー門下の仲間達と初めての対局をした。

 日がな一日対局や勉強会で過ごす彼らとの力の差は、ジーゴにも、そしてミイワにもうっすらと感じてはいた。

 終局まで打ち切れたことは収穫だが、やはり実力の差は歴然だった。

 ミイワの表情は若干複雑だ。

 相手は卑怯な手を使えないということが分かったことで、棋力以外の要素で優劣が評価されることはないことに納得し、それが逆に負けた理由がただ弱いからということが明確になったからだ。

 感想戦と検討では、前日の大会でのライオーとの対局の後のものとはレベルが違った。

 ライオーもこの場にいたのだが、まずはみんなの様子を腕組をしながら遠巻きに見ているだけ。

 当然彼より全員は棋力は低い。

 それでも時間無制限の七人からの意見交換は、ジーゴとミイワにはかなり濃い時間を過ごすことになった。


 だがしかし。


「いろいろ言われると頭がパンクしちまうよっ。全部なんて覚えきれねーよっ!」


 ミイワの不満が爆発する。

 ミイワでなくてもそうだろうな、とジーゴは思う。

 指摘の数の多さは、短時間で覚えられるものではない。


「ミイワちゃんは性格は荒いんだけど、棋風は意外と戦略的には計算高いよね。ただ混戦にならないとその計算高さは発揮できないって言うか、ただの陣取りに持ち込むと弱そうな感じがする」


「もっとも誰よりも優れてる特徴じゃないからもうちょっと全体的にレベル上げないとな。序盤の段階で自分に有利な打ち回ししていかないと。細かいことはいろいろ言ったけど、ミイワちゃんが今鍛えるべきところはそこだな」


 頭から湯気が立ちそうなドワーフ族の少女は、まずは最後にオーカクから出た指摘を最優先事項とした。

 本人の本性が打ち方に現われるのはよくあること。

 しかし昨日真剣に彼女と手合わせをしたジーゴには、彼女の本性がその打ち方に現われているとはとても思えない。それは観戦した全員も同じように感じ取ったようだ。

 それだけ碁に対しての思いが強いか、自分の性格を押し殺してまで碁に臨む覚悟が強いかのどちらかである。

 いずれ、昨日彼女の感情の爆発を見たジーゴには、自分同様切羽詰まった事情を抱えているのは理解できた。

 しかし昨日の夕食で誰かが言った通り、誰もが事情を抱えている。同じように事情を抱えているジーゴは過去の未練を断ち切るために参加した昨日の大会だったが、この道を進む腹を決めた。

 そして現在、彼女との棋力はある程度こちらが上。

 しかし何をきっかけにしてその力が跳ね上がるかは分からない。いくらこっちが上であっても対局相手となれば油断はできない存在である。


「ジーゴ君は変幻自在って感じよね。あまり自陣に関心がなくて、相手の石を仕留めるか敵陣を減らすことをいつも考えてるって感じ」


「相手の陣地は外から削る傾向が強いのね。相手の陣地が広すぎても飛び込んで荒らすってこともあまりしないようですし。自陣の狭さを意識してるのかどうかまでは分かりませんが」


 相手の石を取れば、それが相手の陣地を埋めることになり、取り去った跡はこちらの陣地になる。

 だから逆に相手に自分の意志を極端に嫌うジーゴは、相手の石を活かさないように打ち回す。ジーゴがいつも心掛けていることだった。

 マノアートの指摘は半分当たっている。が、初見で言い当てる観察眼は確かなようだ。


「……で、俺はどうすれば……」


「多分対局数が少ないんだと思う。経験よね。でも経験不足でここまで打てるのはすごいと思うよ? ま、経験積みながら勉強して行けば問題ないんじゃないかな? 」


 対局相手のマリーナからも指摘を受けた。

 特定の課題も欲しかったところだったが、当面の目標がそれしかないならば、まずは場数を踏む指摘に納得した。

 九人の中の下の棋力を持つ者相手でも、対局前に要所に自分の石を置く置石というハンデは必要なようで、プロテストへの挑戦には、まずここにいる全員と置石での対局から卒業するという段階を踏むことが必要となる。

 その中で高い棋力を持つ者同士の対局は、一通り感想戦を終えた後もまだ続いていた。

 スライムのマニーマは弾力がある盛り上がった液体。その本体から触手のような形状の物を一本伸ばし、それを使って碁石を持ち対局を進めていく。

 うっすらと目らしい物が本体に浮かべているが顔はもちろん存在しない。

 そのマニーマを誘った竜人族のゴモリーも、体は人やエルフのような形をしている。

 しかしその顔は竜に似て、体よりも固いうろこに覆われているため、顔の筋や筋肉で顔の表面を動かすことはほとんどできない。

 さらにライオーに世話になるまでの事情の影響もあって、喜怒哀楽を激しく表現することをしなくなった。

 椅子に座って対面して碁盤を見るそんな二人からは、並々ならぬ真剣な雰囲気が漂う。

 それに加え、傍らには対局用のタイマーも用意しており、まるで公式戦さながらである。

 ジーゴとミイワの感想戦を終えた者達は皆その対局を観戦しようと近づくが、近寄りがたい迫力すらも感じる。

 四人の棋譜並べをしていたため、ジュポークはこの二人の手順を追えず、とりあえず現状の盤面上通りに石を置き、そこから二人の手順通りに進めていく。


「観戦もいい勉強よ。今の私達の中でプロテスト合格に一番近いゴモリーの対局だからね」


 シーナがジーゴとミイワに小声で囁いた。

 二人にはゴモリーの打つ手が理解できない。

 しかしそのシーナ本人もこの二人に同様だったりする。

 陣地を確保するのを後回しにしている。

 かといって、相手の石を積極的に取りに行こうという気もなさそうである。


「陣地確定したら勝てそうな気がするんだけど、なんであんな打ち方するんだ?」


 ミイワの疑問ももっともである。

 確定した陣地だけならマニーマの勝ち。

 しかしその陣地はゴモリーから見て右上隅、マニーマの一手目の辺りである。

 他の場所は互いの石が絡み合い、互いに壁だけを作っているような現場。

 十九×十九の目の盤上は、マニーマの陣地だけで勝ちを確定することが出来ないほどの混戦状態になってしまっている。

 次第に密集していく盤上。

 見ている全員が検討で混乱していく中で、突然マニーマが投了した。

 あたかもそれが当然であるかのように、ゴモリーは満足気な吐息を宙を見ながら一つつく。


「みんなにはまだまだ難しそうだの。時間に追われるのも慣れてきたせいかゴモリーは大分落ち着いてきたの。ただ、まだ失着はある。マニーマがそれを咎められなかったのに救われたの」


 ライオーが初めて感想戦に助言を出した。

 その助言すら、対局者の二人以外理解が難しい。

 ゴモリーに次ぐ棋力の高さを持つセルーベリーは何とかその解説を理解できているようだが、他の仲間達はついていけない。


「昨日のミイワとの感想戦、レベル低すぎなんじゃね?」


 ジーゴが思わずぼやく。

 当事者全員が理解できる感想戦でなければ効率よく経験を積むことが出来ない。

 つまり、ゴモリーとマニーマ、それにセルーベリーは棋力ばかりではなく理解力も高いとも言える。

 ジーゴはそんな三人に関心するが、ミイワは黙ってはおらず。


「よし、次行くぞ次!」


 負けてばかりの自分に腹を立ているようにも見える。

 しかし子供っぽい割には八つ当たりなどをせず、むしろ礼儀に則った姿勢は逆に好感が持てる。

 だが残念なことに。


「そろそろお昼の準備しなきゃいけませんね。当番はゴモリーさんとオーカクさんと私にミイワさんですよ」


「はぅぁっ!」


 午前八時から始まった勉強会。

 ジーゴとミイワの対局と感想戦で二時間、その三十分後にゴモリーとマニーマの対局が終わり、その感想戦に一時間費やしていた。

 ミイワの気力は空回って午前の日程が終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る