弟子入りの第一歩

 ライオーの内弟子達は、彼と彼の家族からある程度の着る物と適度な食事と十分な住まい、いわゆる生活環境を用意してもらっている。

 しかしなすがままにされるのではなく、自分達の意思で生活サイクルを決め、身の回りの整理などは各々責任を持つ共同生活を送っている。

 規則と呼べるような厳しさはないが、一応仲間となる先輩達からその規則のようなものを教わったジーゴとミイワ。翌日から早速それに倣いながらその協同生活をスタートさせた。


「じゃあ早速今日も普段通り勉強会始めますか。ジーゴとミイワは初めてだから二人の棋力を見たいんだけど……」


 確かに初めてやってきた者の力を見ない事には特徴もハンデも何も予想がつかない。

 しかし竜人族のゴモリーは無関心。

 スライムのマニーマに声をかけ、早速一局目を打ち始めた。


「昨日は二人ともお爺さんと打ったんでしたよね? ミイワさんが中押し勝ちで、ジーゴさんが中押し負けというお話しでしたよね?」


 中押しとは、途中で勝負が見えて覆そうにもない時に、決着がつく前に投了することである。

 勝ったミイワは、ライオーが明らかに手を抜いていたことが対局後に分かったし、負けたジーゴにはライオーが全く本気を出していない状態だった。

 ドライアード族のマノアートに改めて聞かれ、それぞれの苦い思いが二人の胸に甦る。


「え? 何? 私変な事言ったかしら?」


 この二人はなぜそんな目で見るのだろう? とマノアートは不思議に思う。

 恨めし気な二人の視線を受ける彼女はうろたえるが、丁寧な口調にそぐう態度は崩れない。

 碁に魅力を感じ、上達を望み強くなろうという気持ちはあるが、他のメンバーに比べて格段に闘争心がない彼女に、二人の気持ちを理解しようとさせるのは無理な話。

 天然もここまでくればデリカシーに欠けているように思われる。


「はいはい、お嬢は絡むのはそこまでにして、二人には……別々の相手と対局した方がいいよな。ミイワちゃんには年齢が近いラシューナ……」


 オーカクが両者に割って入った。

 ラシューナは小人のホビット族にしてはあり得ない大きな体。その割には、受けた処遇によりノミの心臓の小心者になってしまった。そんな気弱な彼に、年下だろうが勝気に走るミイワを相手にしては、実力を発揮するにも難しい。

 時々小さな大会に出るが、そこで優勝できそうな実力は持ってはいるがその性格のため二回戦突破がやっとである。


「……よりもシーナが適当なんじゃねえか? 爺さんの話を聞けばそのミイワちゃんに中押しで勝ったジーゴ君には……」


「初めてってことでもあるし、ハンデなしであたしとやってみようか」


 ラキュア族のマリーナが名乗りを上げた。

 その二人と、既に対局を始めているゴモリーとマニーマ以外全員は二人の対局の観戦を決め込んだ。

 対局中の棋譜を検討するなら、対局者の耳になるべく入らない方がいい。

 移動手段は無数の根。

 そんな植物のプラント族であるジュポークは静かにその両局から少し離れ、その二つの対局を検討するために四人の手を追っていく。

 鑑賞用の樹木くらいの形状をしたジュポークは、枝葉を器用に動かして碁盤の上に碁石を並べていく。

 スライムのマニーマもだがジュポークも、見える五感の器官は目しかない。

 口はないから会話は出来ない。食事は根から土の中の養分を吸い取る。

 鼻も耳もないが音声は聞こえるようだ。呼吸器官は葉っぱにあるようで、香りも感じることができる。

 目は人間のような目が幹に二つついていて、見た目は不気味だが当然危害を加えるようなことはしない。

 そのジュポークの棋譜並べで検討に参加するラシューナと魚人族のセルーベリー。

 碁石を打つ音だけの時間が流れる。

 言っちゃ悪いだろうが、この九人の中で棋力が低い方のマリーナとシーナ。

 もっとも本気を出した元プロ棋士のライオーと勝負になれそうな者は、真剣勝負中のゴモリーとセルーベリー。それにゴモリーの相手をしているマニーマくらい。

 それでもマリーナとシーナは中盤以降、次第にミイワとジーゴに差をつけ始めていく。

 時々頭を悩ますうなり声をあげたり頭を掻く音もその中に混ざるが、ジーゴとミイワからのみのもの。

 そして終局を迎えた。中押しほどではなかったものの、そのまま二人にさらに差を広げて勝利した。


「先輩の面目躍如ね」


「まぁそんなプライドは別に持ってなかったけどね」


「……負けた俺がこういうことを言うのもなんだけど」


 マリーナとシーナの感想に続いてジーゴが口を開いた。

 テンシュとの対局を思い出し、あの人よりは強くはなかったな、と思わず口に出たジーゴの言葉はみんなの気を引いた。

 最後まで打ち切ったマリーナよりも、途中で投了させられたテンシュの方が棋力は高い。

 結果だけを考えればそうなるだろうし、テンシュもマリーナも手を抜いていたわけではない。

 ならばジーゴならずとも、誰でもそう感じるだろう。


「へぇ。世の中は広いもんだね」


「しかも趣味として嗜んでるのか。プロ目指さないのかな? 兼業の人もいるって言うし」


 あの様子じゃただの趣味でしかなさそう、とジーゴが言うと、何人かからため息が出る。

 もったいない、という思い。そしてアマチュアでも手ごわい相手はたくさんいる、という、壁を感じる思いがその中に込められていたようだ。

 その会話に入らず、ジーゴとミイワの背中を突く者がいた。

 いつの間にか二人の後ろに移動したジュポークが、二人に検討を促していた。


「何かいろいろいい手が途中であったみたいだよ? 私もいくつか気付いたけど、ちょっと最初から見てみようか」


 昨日の大会予選とは違い、勝利しても何の実利もない棋力確認を目的とした対局ではあったが、それでも悔しさが込められるミイワの顔。

 しかし感想戦を誘ったジュポークとそれに賛同したマノアートのタイミングは、彼女の感情が言葉に変わる時間を与えなかった。


 その脇ではゴモリーとマニーマの対局がようやく中盤に差し掛かろうとするほど、二人の長考が続いていた。

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