食事会の中の決意

 食事はライオーの屋敷にいる者は全員一緒にその時間を過ごす。

 師匠の立場であり、親代わりであるライオーも、時々一緒に食事をすることはある。

 碁に関しての質問はその場でもいろいろと教えてくれるが、雑談などには加わらない。


 何百年もタイトルに手が届かなかったプロが引退して、何の道楽を始めたかと思ったら、芽が出るかどうか分からない才能を持つ子供らを集めて師弟ごっこか。


 そんな揶揄も受けた回数も数えきれない。

 そんな嘲り笑う声は間違いではない。

 弟子入りを請われたプロ棋士は、弟子入りする前の者達の実力を実績で見計らい、プロになれそうな者だけを選び入門を許可する。

 ライオーの場合は、元プロとは言え厳密に言うとアマチュアの立場である。

 とは言っても実力はアマチュアとは段違い。一般参加限定の大会に参加しようものなら、大会荒らしと後ろ指さされても文句は言えない。

 しかしライオーは平然と普通に参加していた。

 もちろん参加登録時点ではそんな立ち話も耳に入る。だが一切気にしない。

 その時すでに、勝ち続けることを参加目的から除外していたからだ。


 ライオーは自嘲する。

 そして邪な己の気持ちを批判する。

 勝負の世界に入るなら、最後まで勝ちにこだわるべきだろう。

 しかしプロを引退したライオーは、勝利を見据えるどころか諦めながら大会に出場する。


 力がある者を、成長した力なき者が越えていく。

 自分では成し遂げることが出来なかったそれを、自分の代わりとなれそうな者に託したかった。

 自分の代わりになれそうな者を、そのために見つけたかった。


 努力や精進することを止め、他の誰かを宛てにする。

 勝負の舞台に臨む者としては、あるまじきその姿勢と志。


 しかし、強いプロに弟子入りするような者達に託すことは考えていない。

 更に昔の自分のように、自分の居場所を失い、逃げる先が碁しかないような者を探した。

 もちろん逃げた先のその世界に安住の場所はない。

 ただ、追い出そうとする者がいないだけだ。

 つまり、自分の居場所を作ることに専念できる世界でもある。

 自分よりも優れた逸材が、誰からも見つけられないままでいる。

 本人の不幸の始まりであり、世の中が良くなれない原因の一つでもある。

 世の中を動かす一つは政治。その人材を見つけ、育てるための業界の一つでもあるからだ。


 名選手は必ずしも全員が名監督にはなれない。

 名選手でない者の中には名監督になれる者もいる。


 ライオーはプロ棋士時代の対局に臨む気持ちよりもその人材探しに夢中になった。

 探して見つけた自分の思う条件にあった子供達二人を我が家に招き入れ、一緒に生活をしながら碁の稽古をつけていった。

 二人は期待以上の成果を上げ、プロ棋士となり彼の家から巣立っていったのである。

 スポットを浴びるたびに嘲笑されるようになった現役時代のライオーは引退後のその時から一転、育成の手腕の評価はうなぎ上りとなった。


「……で、みんなは今回エントリーするのかな? ジーゴとミイワはどうする?」


 食事中の子供達の雑談には全く首を突っ込まないライオーは、ジーゴとミイワをスカウトした界王戦を話題に挙げた。


「……俺は大会出場はいいや。ここに住まわせてもらって飯もこうして食わせてもらえる。で、指導も受けられるってんなら、上に行けるくらいの力つけるまでは大会には出ないよ」


「あたしも、力が伸ばせるってんなら伸ばすだけ伸ばしてから適当な大会に出る。今はまだ早いよな」


 ライオーは二人からの返事を聞いて満足気な顔をする。

 勝ち進めばいずれプロと対局することになる。ライオーもそれなりの力はあるが、さらに彼の遥か上を行く者達が出そろうのだ。

 はっきり言えば、タイトルを手にするには力不足なんてものじゃない低いレベル。

 本人たちもそれを自覚した上で、投げやりな思いは全くなく、むしろその目は輝いているようにも見える。


「ジジィ、界王戦一般締め切りの一か月後にプロテスト始まるんだろ? いくら俺らを鍛えたって界王戦でスカウトされるくらいの力はないよ。低段……中段のプロには勝てるかもしれないけど」


 プロ棋士の段位は初段から十段までの十段階に分かれている。

 中段というと、大体プロ六段までを指す。

 プロテストでは受験者は低段のプロ三段までの棋士が駆り出され、彼らに勝つことが合格の前提になる。


 子供達のリーダー的立場のゴモリーの答えは、自惚れでも気負いでもない。

 ただ淡々とした答え。

 ライオーは「ふむ」と反応するのみ。

 しかし他の子供らはゴモリーの答えに、何をいきなり口走るのかと戸惑いと驚きを隠せない。


 まだ自己紹介程度の話しか聞いてないジーゴとミイワには、全員がプロの低段には当然のように勝てるがその自覚がないだけなのか、プロに勝てそうな棋力を持つのはゴモリーだけなのかの判断がつかなかった。


「そりゃみんなプロテストには出るつもりだけど……」


 ジーゴ達に最初に明るく話しかけてきたマリーナの表情はやや暗い。


「でもお爺さんみたいに見込みありそうな人を集めて特訓してる人達もいるんでしょ?」


「ワシばかりじゃなく、現役で活躍中の高段者の弟子達も参加するだろうし、独学で強くなっている無名の者もいるんじゃないかな? ま、参加人数は三桁になることは間違いないじゃろなぁ」


 プロテストでの合格者は最大で二人。

 参加人数が多くなればなるほど合格しづらくなる。

 そればかりではなく、互いに勝ち星を潰し合うことにもなり、合格者が一人になることもあるし、合格者が出ないこともある。

 そしてここにいる全員が参加しても全員が一度に合格することは有り得ない。誰かをサポートするために全員が犠牲になるやり方をとったとしてもたった九人では焼け石に水である。

 もっともそれは邪道な手段。ライオーが許すわけがない。

 もっとも全員そんなつもりはない。

 だからこそマリーナはそんな表情をしているのだろうとジーゴは思った。


「まぁ本当に強けりゃ何人かかってこようがプロテストに参加するプロの腕の範囲内ならどんな強い者が参加しようが、大した問題ではなかろ?」


 ライオーは、この中から合格者が出るのが当たり前のつもりでいる。


「まぁ、参加義務はないが、いつまでもみんな、ここにしがみついているつもりはないんじゃろ?」


 その言葉には誰もがみんな力強く頷く。

 ジーゴは彼らの棋力はまだ知らないが、気力だけは十分合格レベルという気迫は感じた。

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