ジーゴ、ミイワと一緒に仲間入り

 子供とは呼べない年齢や存在もいるが、大人ではないことは確か。

 誰もが質素な服を着ている。

 その大部屋にはそんな九人が夕食の準備をしていた。

 しかし何体か普通ではない姿の者がいる。

 ジーゴもミイワもその姿に気を取られそうになるが。


「ジーゴ君とミイワちゃんか。あたしセルーベリー=イーヨ。よろしくねっ」


 新しい仲間が増えてうれしい気持ちを全身で表しながら二人に駆け寄る、全身が魚の鱗で覆われた少女は、この中で年長組と言える年齢に見えた。

 そして、どう見ても亜人じゃないと思われる存在よりもインパクトの強い歓迎ぶり。


「おーい、セルー。晩飯の準備怠けるなー」


 二人をちらっと見たきり自分の仕事に集中する龍人族の男子がセルーベリーに注意する。

 子供らだけで夕食の配膳するには時間がかかるその作業。

 そう思われても仕方がない、と彼の主張を認めるような、肩をすくめるジェスチャーをしたあと、セルーベリーは二人が座る席に案内した。


「食いもんの準備は爺さんの家族がしてくれてる。ここまで運んで配るのは俺らでやるんだ。爺さんが俺らにしてくれるのは、ほかには着る物の用意と住む所、それから碁の指導だけ。ここから追い出されても困らないように、出来る限りの作業や仕事は自分らでするようにってな」


 配膳の作業をしている近くの席に案内されたジーゴとミイワは、セルーベリーを注意した後も配膳を続ける龍人族の男子からぶっきらぼうに説明を受けた。


「ここに来て早々出ていくときに備えてって話するのはどうかと思うよ? たしかにゴモリーの言うことは間違っちゃないけど、お爺さんが先に説明してると思うし、ね?」


 彼の隣で同じく配膳の作業をしている、腕が四本ある女の子が声をかける。

 ジーゴには見覚えのある姿。


「えっと……」


「あ、あたしはマリーナ=メッシ。こっちはゴモリー=ノーツ。」


 そうじゃなく、と返事をしたジーゴは、マリーナの種族を確認しようとする。

 しかし自分も、隣にいるミイワも、過去にいろんな事情がある。

 触れていいかどうか分からない話題もたくさんあるような気がしたが、先にその話をマリーナの方から始めた。


「見た通りこっちは龍人族。あたしはラキュアって種族。知ってる?」


 知ってるも何も、宝石職人のテンシュの店にいつもいる店員としょっちゅう出入りしている冒険者達の中にもいたのを、ジーゴは何度も見たことがある。


「あたしはこんなそばで見るのは初めて。へぇ……」


 隣のミイワは興味深く見ている。


「でもあれだね。初めて見るんじゃ分かんないだろうけど、あたしの種族はみんな力持ちでね。筋肉だらけって感じなんだよね。けどあたしだけほら、痩せっぽちでね」


 ジーゴはあの店で見慣れた三人のことを思い出し、マリーナと比べる。

 骨と皮だけというわけではないが、余計な筋肉も脂肪もついてない普通の体つきの彼女。

 しかしあの三人はまさしく筋骨隆々。店員のほうはそこまでではないにせよ、一般と比べて明らかに筋肉質。


「まぁここにいる者はみんな、追い出されたり嫌われたり弾かれたりした者ばかりってわけ。その理由を知ってたら触れてほしくないこともあるけど、知らないなら仕方ないよね。聞きたいことがありゃ何でも聞けばいいよ。極端に無愛想だったり嫌味言ったりするのはゴモリーくらいだ」


 料理を次々と運ぶために行ったり来たりしている人族の男子が、二人の近くにきたときに、ついでのように話しかける。

 ゴモリーとマリーナの二人に比べるとやや年下。


「俺はオーカク=ハチマンって言うんだ。よろしくな。純粋な人族さ。珍しいだろ?」


「あ、いや、ここに来る前に入り浸ってた店のテンシュとかって人が、魔法使えない人だったっぽいけど……」


「へえぇ。そりゃ珍しいなー。もっと早く知ってりゃそっちのほうに弟子入りしてもよかったかもな。でもこっちの方が性に合ってるから、ま、いっか」


 ここに来るまでは悲壮感を持っていたジーゴ。ミイワも同じだったが、彼らの歓迎ぶりに毒気を抜かれた感じになっている。

 そのオーカクもゴモリーに急かされてせかせかと動き出す。

 そこでようやくジーゴは落ち着き、改めて部屋に入ってすぐに気になった存在の方に目をやる。


 二人が座っているその後ろ、部屋の壁際で、窓から見える景色を遮らないように佇んでいる物体が二つ。

 一つは水色の半透明。

 横幅、高さともに五十センチほどの、表面張力がとても高い水滴のような物。

 その内部に目玉らしきものが二つあるる

 もう一つは、同じくらいの大きさの鉢植えの杉のような樹木を土ごと鉢から取り出したような物。

 幹にやはり時々瞬きするような眼がついている。


「スライムのイマニーマとプラント族のジュポークよ。どっちがどっちかは分かりますよね? あ、私は御覧の通りドライアード族。マノアート=クオール。よろしくお願いしますね。ライオーさん、食事はここでされます? それともご家族と?」


 その二つの物体を丁寧に説明する彼女の口調は、砕けた感じの話し方をする彼らの影響を受けてはいないようだが、妙に噛み合わない雰囲気がある。むちなみにドライアード族は樹木の亜人種である。


「あぁ。一緒に食べようか。あぁ、ラシュー、盛り付けは少なめに頼むよ。勿体ないし、みんなお替りするだろうからね」


 ゴモリーの隣で、鍋の中の物をおたまで掬って椀に盛り付けている、ラシューと呼ばれた体格がやや大きめの男は、おどおどしたような態度をとりながら黙って頷く。


「ミイワちゃんが来るまでは一番若いんじゃないかな? ラシューナ=ウッズだ。ホビット族で、ここに来てからまだ日が浅いし、人見知りがちな性格もある」


「ホビットって小柄な種族じゃなかった? なのに何でこんなに大きいの?!」


 ライオーの説明にミイワが驚いて大声を出す。

 その声でびくっと震えるラシューナはその直後に固まる。

 ミイワを宥めるマノアートは、口調ばかりではなく気遣いにも丁寧さが現れる。


「ここにいる皆はそれぞれ事情ってものがあるんですよ。ミイワちゃんもそうでしょ? 私もそうだったし」


「まぁ感情の動きは抑えられないからねー。それは仕方ないよ。そこにいるマニーマにジュポークも碁が打てるなんて誰が予想できるっての。ハーピー族は誰でも空飛べるけどさ、まさか翼なしで生まれるなんて思わなかったよ。羽毛は普通に体中にびっしりついてるけどね。一番驚いたのは誰よりも本人だったよ。あはは」


 あっけらかんと笑うそのハーピー族の女の子はシーナ=テイスと名乗った。

 まさかこの二つの物体、いや、二人と言うべきか。

 彼らもライオーの弟子、と言うことになる。

 ミイワは椅子に座ったまま体をねじり、後ろにいる二人を興味津々に見る。

 プラント族はともかく、スライムは魔物の一種。

 その魔物が敵意も何もなく、ただそこにいるだけである。

 そんな魔物まで対局できるということにはジーゴも驚くが、ミイワは椅子から飛び降りる。


「透き通ってて、綺麗だねー」


「おい、食事前だぞ。しかも歓迎される側なんだし大人しくしてろよ」


 どうやらマニーマのスライムの体が気に入ったようで、ミイワは指先でつついている。

 マニーマは何かの反応を示しているが特に嫌がるそぶりではなかったので、ミイワは手のひらをスライムの体に当てている。


「わ。冷たくて気持ちいいよ。それに触っても濡れないんだね」


 マニーマはミイワを気に入ったようで、手のひらのような形状が体から伸ばし、ミイワの体の両側をポンポンと叩く。

 明らかにミイワを歓迎している。

 それを見てジュポークは枝先を動かし、針のような葉っぱでミイワをつつく。

 仲良くしているマニーマに嫉妬したらしい。


「露骨にそんなことをするやつもいなかったな」


「二人がこんなに歓迎してるのも初めて見るわよね」


 オーカクが、マニーマに大胆に触るミイワを見て呟く。

 彼女の本来の無邪気さを見抜いて好んでいるのだろうか、同じように受け入れられたことがないマリーナは羨ましい思いを持ちながらそんなことを口にした。


「プラント種って初めて見るな……。え? これ、ミミズ?」


 ジーゴはスライムよりもジュポークの方に興味を持っている。

 数えきれない根の先が、足のように動かして移動し、腕や手、指先のように枝葉を動かす種族。

 幹に何かの力を持っているようで、付着しているたくさんの土は一粒たりともこぼれ落すようなことはない。

 ちなみにその土の中にいる生物も、普通に生存しているが、土同様、幹から離れることもないし土の表面に出ることもほとんどない。

 たまたま土の中から顔を出したミミズに驚くジーゴ。


「あ、あの……、晩ご飯の準備終わりました……」


「お前ら、さっさと席に着け。飯だ飯」


 ジーゴとミイワが初めて聞く、大柄なホビット族のラシューナの声。

 和やかな雰囲気を壊すのも辞さないようなゴモリーが、気弱な彼を後押しする。


 そんなみんなのやりとりを、ライオーはただにこやかに見守っている。

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