次のステージに向けての保証

 ジーゴが道具屋店主に連れられたのは馬車乗り場。

 そこからこの首都、ミラージャーナの中心地に向かい、到着して行きついた先は喫茶店。


「テ、テンシュさん。俺、これからどうなるのか全く話聞いてない……」


 ジーゴは体臭のことを指摘され、汚れた格好で入っていいものかどうか躊躇していたが、そこも店主の強引な引率で何の問題もなく入店できた、と思われる。


 店主は席に着くと、メニューからソフトドリンクを選び、自分とジーゴの分を注文した。


「言っただろ? お前の思いを叶えるって話。その相手はどこにいるのか分からんが、あそこに行けば必ず出会える。けど、行かせてもらえるかどうかは分からない。だから、絶対行けるチケットを手に入れるんだよ」


 が、ジーゴのそんな心配には、店主は全く想像もしてないようだ。


「あそこって、どこのこと? はっきり言ってもらわなきゃ分かんないよ」


 面倒な歪曲な表現が得意な店主の話し方も、この世での経験がまだ浅いジーゴには小難しい話で理解不可能。


「国主杯は聞いたことがあるっつってったな? 界王杯という名前に変わっ経って説明はしたな? じゃあ界王杯ってどんな奴が参加すると思う?」


 碁が打てる人。

 ジーゴは真っ先にそれを思い付く。

 しかし店主の求める答えはそうではないだろうことくらいは分かる。

 とは言え、名前を聞いたことがあるだけで、全く想像もつかない。


「分かんない、か。だろうな。プロ棋士の栄誉とされる大賞戦は五つある。だが素人がそのうちのいくつかを手にしたこともある、みたいだ。俺はただ関心があるだけで、誰がどの大賞を手にしたかまでは知らん。独占する奴が現れたら注目するかも分からんが……って来た来た、こっちこっち」


 話を途中で止められたジーゴは、やはりまだ話の要点が掴めずピンとこない。

 一方、話を止めた店主。その視線の先にいるのは店内に入ってきた女性。

 店内は数えるくらいしかいない客。目立たない場所にいる二人のそばに来るその女性の入店に誰も気に留める者はいない。

 しかし彼女の存在に気付いた者はおそらく、皆彼女に見惚れてしまうだろう。

 まだそんな感情を持つ年齢ではないジーゴは、綺麗な人が店に来たとだけしか思えない。そして店主は彼女に見惚れて話を止めたのかと思うが、手をかざして挨拶めいたことをした店主の動きを見て、その女性は店主に会いに来たことを悟る。


「……俺は誰にも貸しを作る気はねぇんだが」


「来て早々我がまま言うわね、あなたも」


 女性は席に着くなりウェイトレスに飲み物を注文する。


「貸しが出来るとしたら俺じゃねぇ。こいつだ」


 ジーゴはそのようなことを言う店主に指を差される。


「え?」


「言ったろ? 参加までは失敗するわけにはいかねぇって。そのための方法をとる。が、俺はそのやり方を押し付けるだけ。何も知らねぇ奴が手ぇあげたって、誰も気づきゃしなかったら許可も下りねぇよ」


「だから、何の事か全然分かんないよ!」


 呼び出された形の女性も状況を把握できない。


「いきなり内輪もめを見せつけられてもね。一体何があったの? それとこの子は何?」


「え、えっと、俺、ジーゴって言います。ジーゴ=トーリュです」


「あら、お利口さんね。お姉さんはね……」


「俺には自己紹介は何もしてねぇよな。ま、俺のおせっかいだからすごくどうでもいいけどな。なぁ、いらねぇとは思うが念のため、紹介状が欲しいんだわ。界王杯参加手続きのためにな」


「ちょっと。口挟まないのっ。相変わらずね、テンシュは。で、何? 界王杯に参加? まさか、この子?」


「あぁ。参加手続きを突っぱねられたらアウトだからな。なぁに、こいつの周りの大人達ができることっつったら、受付に参加申し込みを受理させるまでぐれぇだ。そっから先はこいつ次第」


 今日のこれまでの詳細を相手の女性に説明する店主。

 しかし相手の女性はテンシュの性格のことを知っているのか、腑に落ちない表情。


「……浮浪児、よね。長らくそんな子供達、しかも大勢の面倒を見てくれて、公的立場からは有難く思ってる。でも一人だけのためにこうして動くってのは珍しいんじゃない?」


「特別だからな」


「「特別?」」


 奇しくも、思わず声を上げたジーゴは驚く女性と同じ言葉を同時に発する。


「あぁ。今までのガキ共は、言われるがまま、なすがままに成長してって養成所に入所していった。まぁ基本あいつらは気ままで好き勝手やらかすが、人生の重要な分岐点に出くわしたときは周りの言うことに素直に従う。悪いこっちゃないんだが……」


 隣に座っているジーゴに視線を移す。

 見ている先は、まるで少年の未来であるかのように。


「自分から進んで、真剣に誰かに何かを頼む。そんな奴はいなかった。自ら具体的な方法まで口にして助けを求めた。俺にはそんな言葉に聞こえた。自ら助けを求めるほどの力を持ってるなら、その力を伸ばしてやるべきだ」


 風紀が乱れるのもみっともない。その原因の一つは浮浪者の存在。

 しかし浮浪児達がそんな生活に追い込まれたのは本人たちのせいじゃない。くだらない概念や風習に振り回される周囲の大人達である。

 罪滅ぼしのつもりはないが、救われたいと思う者がいるのならその手を掴むのが、その時周りにいる大人達の責任だろう、と店主は付け加える。


 店主は再び対面して座った女性の方を見る。女性の顔にはその驚いた表情に優し気な笑みが浮かんでいる。


 しかしやはり難しい話はジーゴには分からない。


「私が付き添ってもあんまり意味ないわよ? でもいいわ。あんなテンシュがここまで力入れる事情があるなら、私も応援の意味で受付までならついてってあげる」


「ちょ、ちょっと待ってよ。俺、これからどこに連れていかれるんだよ!」


 自分のために周りが動いているというのは理解できるが、未だにジーゴはこの後の予定や店主が考える計画のことは一切知らされていない。

 しびれを切らしたジーゴは声を荒立てる。


「何? テンシュ、あなたまだ何も言ってないの?」


「……察しのいいガキは嫌いだが、悪すぎるのも問題あると思うな」


「……責任転嫁するんじゃないの。会場は本部の方に行くの? なら馬車が必要ね。ジーゴ君って言ったわね。説明は馬車の中でしてあげる。さ、行きましょうか」


 女性から手を伸ばされたジーゴは一瞬体を強張らせる。

 不安な気持ちは警戒心を産む。

 しかしそんなジーゴの思いを解きほぐそうと、女性は優しくジーゴの手を掴むと席を立ち喫茶店の外に出た。


「……そりゃ最初から俺が全部支払うつもりだったけどさ……。一言ぐれぇあってもいいんじゃね?」


 店主は支払いのため、少し遅れて二人の後を追って店を出る。

 馬車を捉まえ三人はそれに乗り込む。

 店主が御者に行き先を告げると、それを目的地として店の前から出発した。

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