少年は次のステージへ
痛い痛い痛い痛い痛い。
ジーゴは生き残るために受けなければならない痛みは数多く経験した。
しかしこの痛みは耐えられなかった。
「ほら、じっとしてろ!」
「水はそんなに冷たくはないはずですよ? ていうか、気持ちいいでしょ?」
「すぐ終わるから我慢しろ!」
さっきまで碁の真剣勝負をしていたドワーフ族の男とその仲間の男達に、道具屋の近くに流れている川のそばまで連れられてきたジーゴ。
何をされるのかと思ったらば、いきなり素っ裸にされ、川の水で洗った何かの布切れで体を力任せに擦られている。
「やわな体してると思ったら、あちこち傷だらけじゃねぇか。意外と筋肉質だし、まぁそれなりにサバイバルしてきたんだな。だがまず健康第一だ。そのためにはなるべく清潔にしとかねぇとな」
「着てる服の汚れはある程度汚れてるのは仕方ないですが、それ以外の身なりと体臭は良くしておかないといけません」
石鹸など、体の汚れを落とす生活必需品がない場合、今のジーゴが体験しているようにとにかく強く肌に何かをこすりつけて汚れを落とすしかない。
「これから人ごみの中に行くんだから、少しでも周りに不快感を与えないようにしないと」
…… …… ……
事の発端はこうである。
「プロの棋士……。べ、別にそこまでなりたいっていう気持ちはない……」
「過去にいつまでも囚われながら成長したら、いつまでも過去を引きずりながら生きていくってことになるんだぜ? お前だって分かってんだろ? だから過去を断ち切ろうとしたんだろうが。だが出来なかった。そこで、それを望める場所に連れていくっつってんだ」
「プロになるのはあくまでもついでって訳ね」
その場所に連れて行っても、やり尽くした、やり遂げたという達成感を得ることが出来ない可能性もある。
そこで店主はプロを目指す提案を出した。
しかしあくまでも目的は生活の維持。命の危険が少なければ少ないほど歓迎すべきことであり、プロ棋士となれば、そんな危ない地域に出向くことは絶対にない。
「もしプロになれなきゃ……」
「なれなきゃなれないで、それはこいつの望む結果だろ? どんなに力を発揮しても敵わない相手がいる。自分にはこの道は不向きだ。懐かしい思い出もこれで吹っ切って、新たな人生を始められるってな」
一理ある。
しかしそのためにはジーゴは何をしたらいいのか。
先に進む手掛かりはどこにもない。
だがその先についての考えは店主にはあったようで。
「まずそれなりにこいつの身なりをしっかりさせなきゃな。着てるもんとかこいつに何かくれてやる気はねぇが、こいつを貸してやる。お前ら、そこの川の水でこれを使って体洗ってやれ。俺は別に気にしねぇが、ちょっと臭うからな、こいつ」
…… …… ……
「お帰り。ちょっとは綺麗になったみたいね。で、この後はどうするの?」
出来る限り体をきれいに洗ってもらったジーゴ。
もっとも彼に言わせれば、体力が削られるほど大の大人三人から力の限り体中を擦られ、無理やり綺麗にさせられたという表現の方が現実に近い。
げんなりしているが、店で待っていた彼ら三人の仲間の女性二人からは、その時の様子に興味を持ってもらえない。
「あぁ、久しぶりに法……じゃなくて教主サンか? に会ってくるわ」
「え? あの人もう隠居して、天流教のことしか仕事してないでしょ?」
「王の代が変わったってあの制度には変化はない。受付時点で門前払いだけは避けたいんでな。それをやられると、もう伝手はない。お手上げだ。他人の大人達がこいつにできることっつったら、プロの道の入り口まで見送ることくらいだな」
「そっから先も俺らが手を貸したら、それこそこいつの思いは何一つ遂げられないってことか」
「そういうことだ。だからこそそこまでの間で俺たち大人が見送りに失敗したら、さすがにこいつは救われねぇ」
世の中について分からないことがあまりにも多い子供。
そしてそのほとんどの知識を与えられないまま、そしてまだ必要なのに、守ってくれる存在も与えられないまま、帰ってくることを許してもらえないまま世の中に放り出されたのである。
そんなジーゴには、彼らがどんな話しをしているのか全く理解出来ない。
出来ることと言えばただ、行き交う言葉を目で追うことくらい。
「んな心配そうに見んじゃねぇよ。どうせ今までは行き当たりばったりで生きてきたんだろ? どうせこの先失敗しても、また今までの生活に戻るだけさ。それまでの間には、命が危ないっていう不安は絶対にない。あとはお前がその期間どう過ごすかだな。そこから先はその過ごし方次第。じゃシエラ、店番よろしくな。お前らも手間かけさせたな」
周りにそう声をかける店主に、ジーゴは首根っこを掴まれ、そのまま一緒に店から連れ出された。
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