葛藤 我が身と過去と

「い、行き先は皇居だってぇ?!?!」


「おう。別にそんなに驚くことじゃねぇだろ? 俺だって何度か行ったことあるし、このおばちゃんだってそこに住んでたことあったし」


 店主の言葉のすぐ後に、その形容の仕方に文句をつけるその女性。

 二人の間でちょっとした言い争いが起こるが、ジーゴの顔は赤くなったり青くなったりを繰り返す。

 無理もない。


 知力は高いが知識量は年相応である。


 ただ、すごい人が目の前にいる。


 ジーゴの頭と感情の半分ほどは、その驚きで占められていた。

 しかし残りの半分はざまざまな感情が渦を巻いていた。


 ジーゴの一族はほかの同族の一族や亜種違いのエルフ族同様、この国の要職に就いている者の数は結構なものである。

 そして高名な冒険者になっている者もいる。

 しかし、里帰りしてくるジーゴのそんな親類たちから、この国の王、すなわち法王の話を聞くことがあるのだが、直に会った話は稀である。

 あったとしても、ちらっと視界に入ったとか、皇居から外出するときや帰ってきた時に偶然その場に居合わせたという話ばかり。

 褒賞を賜ったときに、一言二言声をかけられて終わりという話も二回くらいあったがその程度。


 そして魔力がゼロで種族として落ちこぼれというレッテルを張られ追放されたジーゴ。

 わずかでも魔力があったなら伸びしろもあったのだが、魔力がゼロであればまずそれを身に付けてからでないと話は始まらない。しかし本人がいくら努力しようとも打開できない現象の一つである。


 そんな話をしてくる者達からは、そのことが分かってからはジーゴは見下され、見放され、軽蔑もされ、そして無視もされた。


 そんな者達が敬慕し、謁見を切望し、尊崇する対象である国王。

 店主の話で目の前にいる女性は前国王、いや、前法王であることがジーゴでも分かった。


 そんな者達から蔑まれるように扱われてきた、取るに足らない自分は、その存在から目をかけられ話しかけられている。


 自分がかつて憧れていた同族の先人たちや先輩達の願望を、こんな自分が先に叶えたのだ。

 能力的に生まれた時からほとんど変わらない自覚があるジーゴ。


 ジーゴは魔力を身に付けようと努力したのに叶わなかった。

 叶えられない願いを持つ者がいる。その願いはあまり強く持たなかったジーゴは、何の努力もなしに叶えてしまった。


 故郷に対し、故郷にいた者達に対し、羨望、優越感、喜び、悲しみ、数ある相反する思いがジーゴの心に到来する。目の前の女性、いや、元法王から指摘するまで、ジーゴの目から涙が流れていることに気付かなかった。


「……いつまでも昔のことに囚われてんじゃねぇぞ。目の前をまず見ろ。まだ界王杯についての説明してねぇだろ。お前は一般人枠で出場。勝ち抜き戦にエントリーする。優勝者のみ次の予選に進む。ある程度まで人数が絞られたらいよいよプロも参加する予選に突入する」


 店主はジーゴの胸の内を悟った。

 だが今はそれどころではない。

 これからある意味戦場に赴くのだ。

 ここで彼の気持ちが萎えてもらっては、ここまでお膳立てしたすべてが無駄になる。


 とは言っても、店主は特別な苦労をしたわけではないが。

 むしろ、面倒くさい奴が自分のそばからいくらかでも離れてくれるという思惑の方が強い。


「俺も詳しいことは知らねぇが、大五大賞戦の一つと言われてる。素人も参加出来て、勝ち進んでいけばプロの目にも留まる。プロの上位とかタイトルホルダーも打ち負かした素人は二人くらいいたんじゃないか? プロテストを受けずにプロになれた例外な存在だが……」


「私が法王に就任する前の話ね。一人は皇居内の職員をして、もう一人は行政職の勧誘を受けてそっちに移ったわね。棋士としては素人に戻ったわけだけど、界王戦の前身である国主杯に参加する前は無職だったはず」


 女性の話を聞いてジーゴは現実に返る。


「無職? 俺みたいに……」


「流石に浮浪児ほどじゃねぇ。が、お前だって実力がありゃ、周りの連中見返すことは出来るさ。もっともあの打ち方じゃ俺の方がまだまだ上だ」


 しかし、と店主は付け足す。


 その腕を鍛えるのは練習ばかりじゃない。

 実戦の中でも伸びる奴もいる。

 今は自分には及ばないだろうが、そこに参加して皇居から出るときには逆の立場になる可能性だってゼロではない。


「魔力が身につく可能性よりは……」


「はるかに高いでしょうね」


 思わず口についたジーゴの言葉に、すぐさま反応する女性。

 それを耳にすると、ジーゴの目つきは鋭くなった。

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