第24話

「ってぇ……!!」


 次に俺が目を覚ましたのは、冷たく薄暗い、檻の中だった。


 酒場の前で巨人のような男と出くわした俺は、どうやらそのまま気を失ってしまったようだ。真っ暗な鉄格子の中で、俺は鈍い痛みの残る頭を軽く振った。朦朧とする意識の中、途絶え途絶えになった記憶……屈強な兵士たちに担がれたり、馬車の荷台のようなところに寝かされたり……が少しだけフラッシュバックした。ここに運ばれるまでの”ところどころ”の景色は目に焼き付いてはいるものの、頭を思いっきりぶん殴られたように、その全容を思い出すことはできなかった。


 窓一つない牢獄で、俺は両手を伸ばし慎重に辺りを探った。

 指先が、ゴツゴツとした冷たい表面に触れる。どうやら床や壁の素材は石でできているようだ。湿気だろうか、石の表面は少し濡れていた。丸く円形になった部屋の真ん中には鉄の棒が何本も突き立てられていて、天井まで伸びている。円柱の、塔のような場所に閉じ込められているのだろう。歩き回れる範囲はそれほど広くない。辺りを窺ったが、俺の他に人の気配はなかった。


「うおッ!?」

 突然天井から水が滴り落ちてきて、俺の首筋で跳ねた。思わず口から飛び出した俺の悲鳴は、高い石の塔の中で幾重にも木霊し、しばらく不協和音のように響き渡った。


 それから数十分くらい、俺はウロウロと忙しなく狭い牢屋の中を歩き回っていたが……何も音沙汰がないので……諦めて石畳の床の上に寝っ転がった。向こうから誰かがやってくるかと思ったが、それもない。冷たい石の床は思った以上に固く、体の節々が痛い。しばらく安眠できそうになかった。

 

 俺を気絶させた相手。あの大男は一体誰なのだろうか。

 無理やり横になり目を瞑りながら、俺は先ほどの出来事をじっと思い出していた。

 

 一体どこに連れてこられたのだろう。

 これからどうなってしまうのか。

 ……オリヴィアは、無事だろうか。


 何一つ明確な答えが出ないまま、俺は暗闇の中で浅い眠りへと落ちていった。


◼︎◼︎◼︎


「!!」

 しばらくして、再び首筋に冷たいものが当たり、俺は飛び起きた。また水滴が落ちてきたのかと思ったが……振り返ると、暗闇の中に青白い光がぼんやりと浮かんでいた。


「……オリヴィア!」

 俺は思わず叫んで霊体を抱き寄せた。オリヴィアは固い石畳の壁の向こうから、その青白い姿を半分ほど覗かせていた。

「良かった……大丈夫か!?」

 俺はオリヴィアの霊体をマジマジと眺めた。魂に物理的攻撃は効かないから、怪我はないようだった。彼女も俺と同じくあの大男に捕まっていたはずだが、こっそり壁をすり抜けて抜け出してきたのだろう。オリヴィアは言葉こそ喋らなかったが、俺の腕の中で少し不思議そうに首をかしげた。

「とにかく、ここから逃げないと……」

 暗闇の中で、青白い霊体を抱きながらポツリと呟いたその時。


 ガチャリ。


「!」

 後ろからゆっくりと扉の開く音がして、塔の中に光が差し込んできた。俺は驚いて目を細めた。

「ヤバッ……隠れろ!」

 扉の向こうから、先ほど街中で遭遇した兵士たちと、ケバケバしいローブに身を包んだ怪しげな老人の三人組が現れた。俺は手に持っていたオリヴィアの霊体を慌てて壁の向こうへと押し返すと、彼らには見えないように背中に隠した。


「おはよう……よく眠れたかな?」

「…………」

がお待ちだ。来い」


 ローブの老人が黄ばんだ歯を露わにしながら、不気味な笑みを浮かべた。それから兵士たちによって鉄格子の鍵が開かれ、手錠をかけられた俺は引きずられるようにして牢屋の外へと運び出された。


◼︎◼︎◼︎


「殺しますか? 大統領」

「いや……」


 開口一番、兵士の一人が腰にぶら下げていたぶっとい剣を俺の首筋に当てがい、ぶっきらぼうにそう言った。中央に座っていた、大統領と呼ばれた大男が小さく首を振った。大統領。先ほど俺やオリヴィアの前に現れたのは、この国の大統領だったのだ。確か、オリヴィアたちから政権を譲り受け、王政を廃止した張本人だという……俺は部屋の中央で赤い絨毯の上に跪き、馬鹿でかい椅子に座っている大男をマジマジと眺めた。


 連れてこられたこのただっ広い部屋にも、俺は何となく見覚えがあった。何百人と座れそうな長テーブル、壁際に並べられた黄金の甲冑、一際高いところに位置する玉座……いつか見た夢の中で、オリヴィアがダンスパーティをしていたあの玉座の間だ。夢の中では、ドレスに身を包んだオリヴィアが座っていた位置に、今では大統領が腰かけていた。

 

 大統領は短く切り揃えられた銀の髪の毛をポリポリとかきながら、分厚い唇の端を歪めた。

「それよりも……こいつを公開処刑にしよう。日付と段取りを決めて、民衆に大々的に宣伝してやれ」

 大統領が低い声で唸った。その冷酷そうな目つきと、有無を言わさぬ無慈悲な物言いに、俺の背筋は凍った。

「しかし、この者は元王女と繋がりがあるのでは? 疑わしきは……」

「だからこそ、だよ」

 兵士の言葉を遮って、大統領が右手を掲げた。

「だからこそ、人質として価値がある。単にこいつを殺して首だけ掲げても、相手の神経を逆なでるだけだ。逆にだ。こいつを利用して……オリヴィアをおびき寄せればいい」

「なるほど」

「こいつが処刑されることが知れ渡れば……あの王女もノコノコと助けに現れるかもしれない。こいつを餌にするのだ」

「助けに現れなかったら?」

 剣を掲げた兵士が甲冑の隙間からチラリと俺を覗き見た。

「その時は……こいつが死ぬだけだ。我々は何も痛くない」

 大統領が興味なさげに俺に一瞥をくれた。俺はというと、聞こえてくる会話に耳を塞ぐこともできず、ただただその場でブルブルと体を震わせていた。


◼︎◼︎◼︎


 オリヴィアだ。

 フラフラになった頭と体で、俺は何とか打開策を見つけようと必死に頭を絞った。

 オリヴィアの魂なら、自由に壁をすり抜けられる。言葉は喋れないが、手紙を持たせたり、何とか外部と連絡が取れれば、助けに来てもらえるかもしれない。


「入ってろ!」

 兵士たちに乱暴に体を放り出され、俺は再び塔の中へと戻った。ガチャリ……と重たい音を立てながらゆっくりと扉が光を閉じ、塔の中が暗闇で満たされる。冷たい石畳の上に体を投げ打ち、俺は奪われた視界の中必死に恐怖を堪え、オリヴィアの魂を探した。


◼︎◼︎◼︎


「大統領」


 俺が再び兵士たちに引っ張られ、独房へと戻された後。玉座の間ではケバケバしいローブの老人が大統領のそばで何やら耳打ちをしていた。

「手筈通り……あの少年の元に例の魂が接触しました」

「うむ。ご苦労」

「それにしても、何者なんですか? あの者は……単なる若造にしか見えませんが」

「フン。何でも向こうの世界で、王女がお世話になったらしい」

「なるほど……少しでも情が湧いていれば、人質として価値も出てくると言ったところですかな?」

 不気味な笑みを浮かべる老人に、大統領は満足げに頷き、差し出された金のゴブレットを手に取った。

「利用できる者は利用させてもらう……我々の、新しい国のためにな」

「ところで大統領。あの魂は……」

 ゴブレットの中身をグビグビと飲み干す大統領に、老人が口をついて出た疑問を投げかけた。

「……良かったのですか? 放置しておいて……」

「構わん。あれ単体には何の力もない。むしろ積極的に例の小僧の力になろうとするだろうから、我々の意図通りに王女をおびき寄せてくれることだろうよ」

「何なんですか? あの魂は一体……」

「あれはな……」

 大統領が、巨大な口の端から溢れる液体を腕で拭った。


「あの小僧の、父親の魂だよ」

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