第5話 お前は誰だ?

 闇を生む黒い液体の中で、カルヴァンは眠っていた。


 どこかで誰かの声が聞こえる。

 

 ミーナの声ではない。カルヴァンの契約者であるミーナの声は、どこにいてもカルヴァンの耳に響く。それはまるで濃い匂いのように放れない。使い魔とは難儀なものだとカルヴァンは思う。


 今はミーナの使い魔なんぞをしているが、俺様は元魔王だ。ミーナは悠久の魔女の術式ばかりを気にかけているが、魔法協会の議長ですら、俺様の黒魔術を得たいと考えているに違いない。元魔王の黒魔術ともなれば、世界を転覆させるほどの力がある。


 お前も俺様の力を望むのか?


 闇の中で呟くが、それは外界に発せられずに闇へと溶けた。カルヴァンは外界に干渉するため、闇を羽織った。黒い液が重なり合い、心臓から順に、頭と腕と足の先へと流れ込む。


 フラスコに溜められる上限の魔力を保持しても、魔力の飢えを感じずにはいられない。地下室の乾燥した空気を肌で感じる。耳が蝋の垂れる音を捉え、目が蜀台の揺れる炎を捉える。五感が蘇る。


「お前は誰だ?」


 問うてみても、視界に声の主はいなかった。


「ここだよ!」


 メスの声だ。しかし、その声はカルヴァンと比べても幼さが目立っていた。どこにいるのだろうと、カルヴァンは地下室を見渡す。視界だけでなく魔力の元を辿ってみるが、地下室にはカルヴァンの魔力と、植木鉢に溜まった誤差に等しい魔力があるだけだ。


 カルヴァンはまさかと思いつつも植木鉢を覗き、驚きの声を上げた。


 植木鉢の中心に、魔草の芽が出ている。


「今まで育ててくれてありがとう。喋れるようになったよ!」


「お前、喋れるのか?」


 カルヴァンは自分の言葉を冗談のように感じつつも、魔草に話しかけてみた。


「人間やエルフたちには、僕たちの言葉は小さすぎて分からないけどね。それだけ、あなたは魔力に敏感みたい」


「当然だ」


 カルヴァンは腕を組んで、魔草の賛美を受け取った。


「俺様の勝利のために、綺麗な花を咲かすのだぞ」


「うん」


 カルヴァンは鼻高々だった。

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