第4話 期待7割、不安3割

 ミーナは勝手口から庭へ出ると、畑を突っ切り地下室へ向かう。地下室への階段は石段でできており、小気味好い足音が響く。


 扉をノックすることもなく、ミーナは地下室への扉を開いた。


 地下室には黒い霧が沈殿しており、それがミーナの足首を掠める。窓のない地下室は、昼間でも暗くまどろんだ空気に包まれている。しかし、今日は蜀台に火が灯っているために、幾分か温かな印象を受けた。


 蜀台が灯っているのは、ミーナとカルヴァンが勝負を行っているためだ。カルヴァンは光源がなければ影を作り出すことができず、影がなければ魔草に水をやることができない。


「遅い!」


 いつもは呼び出さなければ実体を現さないカルヴァンが、すでに実体を現している。短い腕を器用に組み、唇を尖らせていた。


「何をしておったのだ?」


 怒り心頭といった様子のカルヴァンに、ミーナは眉を寄せた。


 何をしていたのかと聞いたくせに、カルヴァンは返事を待たずに喋り始める。


「俺様は何度も、お前のことを呼んだのだ。もし、これが急用だったらどうする。今に取り返しのつかないことが起きても俺様は知らんぞ」


「え、急用だったんですか?」


 カルヴァンは少しだけ考え、顔を逸らして付け加える。


「今回は急用ではないが、次から気をつけてくれ」


「はいはい」


「むぅ」


 カルヴァンは威厳のある言葉遣いが思い当たらないのか、可愛い仕草を見せる時がある。カルヴァンが素直にするのなら、私だって素直に従うのにとミーナは残念がった。


「で、どんな用件で呼び出したんですか?」


 カルヴァンはそれを思い出したかのように植木鉢を指差した。


「植木鉢を見てくれ」


 ミーナは期待7割、不安3割で机の上の植木鉢を覗き込む。植木鉢から芽が出ていることを期待したのだが、ミーナの期待は打ち砕かれた。植木鉢には種を植えた跡が見て取れるが、それ以外の変化があるようには思えない。


「ギブアップですか?」


「違う、よく見ろ!」


 ミーナは再び植木鉢に視線を戻す。しかし、先ほどとの違いは見当たらない。ミーナは素直な感想を漏らした。


「芽は出ていませんね」


「だろう?」


 自慢げに言われても困る。


 ミーナはカルヴァンの言おうとすることが掴めなかった。


「変だとは思わんか?」


「芽が出ていないことが、そんなに不満ですか?」


 ミーナは土いじりの先輩として、カルヴァンに助言する。


「魔草も生き物ですからね。3日で芽が出る品種とはいえど、何日かの誤差はありますよ。1週間も経てば、必ず芽が出るはずです。もう少し待ってみてください」


 草花を育てるには、気を使ってやることも大切だが、気長に待つことも必要だ。


 ミーナの助言を有難く聞いているかと思いきや、カルヴァンは不満を露にした。思案顔で植木鉢を見つめている。


「意固地にならずに聞いてほしいのだが、よいか?」


 ミーナは頷き、カルヴァンの言葉を待った。


「まさかとは思うのであるが、この魔草であるが……日に当たらなければ咲かないモノではなかろうな?」


 ミーナは一瞬、カルヴァンの言葉の意味を理解できなかった。その言葉が真実だとして導かれる結論に、ミーナは憤慨する。


「カルヴァンは〝私が育つことのない種〟を渡していると言いたいんですか?」


 つまり、それはミーナがイカサマの勝負を挑んだことになる。元々、ミーナは勝負の勝ち負けには拘っていなかった。だからこそ、カルヴァンがそんな文句を言うことに腹が立った。


 ミーナはカルヴァンに詰め寄る。


「私はそんなことはしません」


「怒るなと言っているだろう。俺様は事実を確かめたかっただけだ!」


「この魔草は、正真正銘、日陰でも育つ品種です。それどころか――」


〝この品種は日陰で育てば美味しさが増すんですよ!〟そう続けそうになって、ミーナは慌てて口を紡ぐ。


「むぅ」


 ミーナの剣幕に、カルヴァンはたじろいだ。


「俺様はただ、種が痛んでいたとか、偶然に芽の出ない種が紛れてしまったのではないかと考えただけだ。最初からミーナが悪いとは思っておらん」


 しょげた様子のカルヴァンに、ミーナも気まずくなってしまう。確かに、その可能性もなくはないだろう。


「何か他に、芽が出ない理由を思いつかんか?」


「そうですねぇ」


 ミーナは昔、植物は言葉を感じると聞いたことがある。嘘か真かは疑わしいが、植物は挨拶をすれば育ちが早いらしいのだ。愛情を持って育てることで、植物は普段よりも立派に育ち、実が多くなったりするらしい。カルヴァンは元魔王であるから、愛などとはかけ離れた存在だ。つまり、魔王が植物を育てても、育ちが悪いのは当然かも知れない。


「植物に対する、愛が足りないのか知れません」


「愛か」


 馬鹿にされることを覚悟で口にしたのだが、いつもになく神妙な面持ちのカルヴァンに、ミーナは首を傾げた。


 カルヴァンは誰よりも負けず嫌いだ。そんなカルヴァンだからこそ、この3日間は真面目に水やりをしていたのかも知れない。カルヴァンが本当に水やりをしたのだとすれば、魔草が3日で芽を出さないのは妙だ。


 ミーナは試しに、魔草の種を掘り返してみた。


「や、やめろ!」


 焦るカルヴァンに、ミーナは余裕を見せ付ける。こっちは本職ですから、大船に乗ったつもりでいてください。


 ミーナは少しだけ植木鉢を弄り、再び首を傾げた。ある程度の深さを掘ってみたが、魔草の種が出てこないのだ。種が育つには、地表近くに種がなければならない。人差し指の中腹ほどの深さが、種植えの目安だ。


「これ、深く埋めすぎですよ」


「そういうことは早く言わんか!」

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