第3話 書籍管理

 そこは、お屋敷で最も荘厳な扉を設えてある部屋。


 扉の高さは大人2人分を裕に超え、肩幅はミーナが両手を広げても足りないほどに大きい。その扉の中央には、これまた扉に釣り合う大きな錠前が取り付けられているのが常であるが、今は扉の傍らに鎮座していた。


 六法星に黒蛇がまとわりつく彫刻が施してある錠前。それはただの彫刻ではなく、封印の法を印した錠前であり、鍵を手に入れようとも、封印を解かなければ開けることはできない。この封印を解くことができるのは、すでに世界でただ1人、ミーナだけだった。


 厳重に守られたその部屋には、それだけ価値のあるものが眠る。


 扉を潜った部屋の中、そこは古いインクと紙の匂いが犇めき合っている。


 何千人が一度に集まれる大広間は、四方を囲む全ての壁が本棚になっていた。見上げると首が痛くなってしまうほどの天井に届く高さの本棚には、壁紙の模様であるかのように本が敷き詰められている。そして、その本たちは、壁に備え付けられた本棚では収まり切らず、至る所に並べられた本棚をも埋め尽くしている。


 そんな部屋の一角に、ぽっかりと本棚のないスペースがあった。


 そこには、本棚に納めきれていない本が、山のように積み重ねられていた。


 ミーナはその傍らで、本を取り上げては題名を頼りに書庫へと収めていく。


 悠久の魔女の召使いはミーナしかいない。諸々の家事、お庭の手入れ、書庫の整理まで、お屋敷の全ての仕事がミーナの手にかかっている。ミーナは有能な召使いとしての誇りがあるが、どれほど有能な召使いがいたとしても、1人でこれほどに広いお屋敷を仕切るのは至難の業である。ここまで広い部屋を隅々まで掃除するとなると、1部屋でも日が暮れてしまう。よって、ミーナは日毎に部屋を周って掃除をする。


 今日は月に1度の、書籍管理の日だ。


 ミーナは無造作に転がっている本の山の1つを丁寧に拾い上げると、布巾で拭いては表紙を捲る。著者や題名を頼りに、書物を本棚へとしまう。


 いくら片付けても、本の山はなくならない。あまりの多さに、本が床から沸いて出てくるのではと錯角を起こすほどだ。案外、実際にそうなのではとミーナは思う。新しい本が執筆されるたびに、同等の本が生成される魔法陣。今は本の山に隠れているが、そんな夢のような魔方陣が床には描かれていて、ミーナの書庫整理は一生終わらない……荷が重くなるので、ミーナは考えるのを辞めた。


 本棚から本の山へと戻り、新たな表紙を捲る。


 何冊かの表紙を捲るうちに、興味を惹かれる本と出合うことがある。


 そんな本に出会うと、ミーナは決まってページをめくる。片手に持ったままの布巾で埃を落とすことも忘れて、魔道書を読みふけった。悠久の魔女の所持する本の大半は魔道書であるが、その中にも伝記やら伝説といった物語が記されていることがある。魔道書よりも物語に興味を持つ自分に、ミーナは少しだけ引け目を感じていた。


 姿勢の保持に疲れ、ミーナは魔道書を閉じる。


 そこで、ようやく前掛けのポケットが青白い光りを発していることに気付いた。ミーナはポケットから発光体を取り出す。発光体はミーナの指先ほどの小さな水晶で、上部には小さな穴があけてあり、水晶をなくさないように紐がくくりつけてある。


 この水晶は、ミーナが悠久の魔女に呼び出される合図に使っていたものだ。


 ある決められた魔力を送ることで、この水晶は光らせることができる。消費魔力を抑えることに長けてはいるが、逆に言えば水晶は光ることしかできず、手紙のように内容を知らせるには不便である。


 悠久の魔女のいない今、ミーナを呼び出す相手はカルヴァンしかいない。カルヴァンが自分を呼び出す理由は何だろうかと考える。


 ミーナとカルヴァンの勝負が始まってから、3日が経った。


 あの魔草は、早ければ3日で芽が出る品種だ。


 もしかすると、すでに芽が出ているのかも知れない。あの品種の魔草は、日に当てずに育てると白い花が咲く。普段食する魔草よりも透き通った魔力を身に秘める白い花は、魔力だけではなく味も1級品だ。それを想像して涎が溜まり、ミーナはだらしなく笑う。


 今まで、唯一の同居人に家事を手伝わせることを思い付かなかったのは失策だった。


 カルヴァンは体が不自由なので、手伝えることには限りがあるけれど、できることはやらせなければならない。


 水晶の光が強くなり、ミーナはカルヴァンの〝急げ〟という意思を感じ取った。


 ミーナは水晶の繋がった紐を片手に、くるくると水晶を回す。


 読書途中の魔道書を自室へ運んだ後に、地下室へ行こうと決めた。悠久の魔女ならいざ知らず、カルヴァンを相手に急ぐこともないだろう。

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