第12話 霊力子反応炉

 俺たちが降り立った場所は石造りで、塔のような周囲より高くなっている建物だった。概ね七階建てといったところだろう。他はここよりやや低めの、寄棟型の屋根を持つ大きな建物が三つ連なっていた。全て石造りで城と言っても良い程の頑丈な構造だった。


 そこは狭いものの平坦な床があり、すぐ傍にはエレベーターの動力室があった。動力室の脇には鋼鉄製の扉が設置してあり、そこから階下へと続く階段があるはずだ。


 テラはその石でできた床とトントンと踏む。


「頑丈そうですね。ここに立てこもられると厄介かもしれません」


 その言葉に俺たち二人は頷いた。ここはかつて、兵器の集積所であり城としての機能を持っていたからだ。城壁もそのまま残してあある。こんな頑丈な建物であれば、何かを隠すには好都合なのかもしれない。


「では、行きましょうか」


 テラは扉の取っ手付近にある鍵穴に手をかざす。テラの両手から淡い紫色の光が発せられ、同時に扉の取っ手と鍵穴も光始めた。そしてカチャリと音を立てて開錠した。鋼鉄製の扉は、何故か音を立てずゆっくりと開いた。


 開錠の法術だ。その見事な効果にレイは口笛を鳴らす。しかしテラはレイの唇を人差し指で押さえた。


「レイさん、音は立てないで下さいね」

「すみません」


 レイが縮こまり頭を下げる。テラの前では本当に従順になってしまった。


 俺たちが中に入ると、扉は自動で閉まり施錠された。薄暗いものの、いくつもの小窓から外の明かりが入ってきており、歩くのに支障はない。

 テラは無言で階段を降りていく。俺たちは足音を立てぬよう、彼女について行った。


 三階部分の踊り場に鋼鉄製のドアがあり、テラは躊躇なくそれを開いた。そしてその中へと入って行く。そして小声でつぶやいた。


「これはこれは。やはり秘密兵器がありました」


 俺とレイはテラの後に続く。そこは倉庫の周囲をぐるりと囲む形になっている足場だ。中には三機の人型機動兵器が起立していた。


 黒色に塗装された、やや背が低いずんぐりした体形のもの。やや背が高く薄紫色のスリムなもの。そして、オレンジ色の小柄なもの。この三機だった。


「黒いのは宇宙軍の次期主力戦闘人形エリダーナです。薄紫のアレが問題になっているシッスル。宇宙軍の主力機アカンサスのリアクターを電子タービンに変更した廉価版で、地上戦用機です。そしてオレンジ色は鋼鉄人形ネクサスですね。設計は古いんですけど、現役の練習機です」


 そうだ。アレは俺たち士官候補生が実技でしごかれている機体だ。人の霊力で操る人型機動兵器。アレに搭載されている霊力子反応炉は秘匿装備であり、他国に供与どころか情報の漏洩すら禁じられている。


「まさか、シッスルに霊力子反応炉を搭載したのでしょうか?」


 俺の質問にテラは首を振った。


「たとえ搭載できたとしても、他国には操縦士ドールマスターがいません」


 そうだった。我らが惑星アルマにのみ存在する霊力使い、その中でも鋼鉄人形の操縦に特化した者たちはドールマスターと呼ばれている。では何故ここに、練習機とはいえ鋼鉄人形があるのだろうか。


「しかし、シッスルの供与先であるシュバル共和国には、精霊の歌姫と呼ばれているある種の霊力使いがいるのです。主に女性なのですが、彼女たち精霊の歌姫であれば鋼鉄人形を操縦することができると言われています」


 初めて聞いた話であるが、それならば我が国の鋼鉄人形の技術を流出させ使用する意味があるのかもしれない。しかし、疑問だらけで俺は何も言えない。レイは話について行けず首を傾げていた。


「でもね。そのシッスルよりも問題があるが、あのエリダーナよ」

「どういう事でしょうか。時期主力機が開発されている事に何か問題があるのでしょうか」


 テラはため息をつきながら俯く。そして、エリダーナを指さした。


「あの機体では、複数の反応炉が試験されています。重力下ではエネルギーが枯渇しない重力子反応炉と、鋼鉄人形の心臓である霊力子反応炉です」

「まさか、ハイブリッド?」

「そうです。二種の異なる反応炉を搭載し、出力を飛躍的に向上させる狙いがあります」


 確かにそういう方法での出力向上はあり得る。しかし、宇宙軍では操縦士の霊的な素養に関わらず安定した能力を発揮させるため、敢えて霊力子反応炉は採用しなかったと聞いたことがある。


「これは恐らく、鋼鉄人形を駆逐するためのものです。そしてさらに厄介なのが、獲得型霊力子反応炉を使用している事」

「それはきな臭いですね」

「ええ、そうです」


 悠久の昔、我らの祖先は霊力で使役する人形を作った。主な用途は土木や建築、農作業設やなどの力仕事だ。それが軍事に転用されるのにさほど時間はかからなかった。


 当初は木や石を用いた簡素な構造だったのだが、それがいつしか鋼鉄製の殺りく兵器となった。人々はそれを鋼鉄人形と呼び恐れた。

 鋼鉄人形は大型化し、それを操る霊力使いが乗り込むようになった。彼らはドールマスターと呼ばれ、人々から尊敬を集めるようになる。そして鋼鉄人形は当然の如く高性能化への道を歩む。霊力使いの霊力を吸い取り増幅させる霊力子反応炉が開発された。それは、鋼鉄人形を決戦兵器として運用するには十分すぎる威力を発揮した。上位のドールマスターが操る鋼鉄人形は、戦車一個大隊に匹敵するとも言われていた。


 しかし、その霊力子反応炉にも欠点があった。稼働時間が長引けば、ドールマスターの霊力、即ち生命力を全て吸い取ってしまう事だった。長期戦において命を落とすドールマスターが続出したのだ。鋼鉄人形は人の命を食う暗黒の決戦兵器。そんな異名を持つ忌み嫌われた存在となった。


 その不完全な霊力子反応炉を改良したのが俺の曽祖父だ。高次元蓄積体を併設する事により、事前に霊力を蓄えることができるようになった。これは、霊力を提供する者と、実戦で戦う者が別々でもよい事も意味する。この、高次元蓄積体を併用した蓄積型霊力子反応炉により、鋼鉄人形は更に高性能化したが、ドールマスターが生命の危険にさらされることもなくなった。


 この功績により、我が曽祖父は貴族へと取り立てられた。我がクロイツ家が〝鋼鉄人形の心臓を司るラメルの子爵〟と呼ばれる所以である。


 この蓄積型とは別のタイプである獲得型霊力子反応炉とは、文字通り外部から霊力を獲得する。つまり、倒した鋼鉄人形の霊力、殺した兵士の霊力、非戦闘員の霊力などを吸い取る反応炉だ。もちろん聞いた話でしかないが、この死者の霊力を奪う行為は帝国内では禁忌とされていたのだ。

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