第10話 黄金の瞳

 俺たち三人は誰にも咎められず城の外へと出ることができた。そして、先ほど地下牢から持ち出した武器を、通路脇の茂みの中へと隠した。

 皇族と大貴族の姫君が集う女子会。本来ならば城内で行うべきなのだろうが、外の広大な敷地を使って盛大に行われていた。城の周辺には露店が立ち並び、またいくつかの見世物小屋もあった。お祭り騒ぎそのものと言ったところだ。そして主賓が集まる中央部では立食形式のパーティーが行われていた。


 半裸のレイとは露店の前で別れ、俺とテラは主賓の集まるパーティー会場へと向かう。中央部には円形の舞台が設置され、その前にあるテーブルには主賓の姫君たちが座っていた。ちょうどその舞台では何かの演劇が披露されていた。獅子の獣人とドレスをまとった姫君が抱き合っている。


「あれはラメルの英雄王エクサス・ザリオンの物語ですわね。獣王ザリオンと皇女の悲恋物語かな?」


 テラが説明してくれた。獣王ザリオンの物語はその多くが武勇伝なのだが、その中には悲恋の物語がある。この演目は、主催者であるグリーク家の姫君クロエの希望により決まったらしい。


「二人は恋に落ちるの。でもね、彼らの前途は祝福されない。結局は離れ離れとなってしまい、別々の人と結婚するのよ。胸が痛むわ」


 獣人と人の許されざる恋。獣王ザリオンの時代は、ラメル王国とアルマ帝国は敵対関係にあったらしい。そんな関係であるなら、恋どころではなかろう。しかし今は違う。ラメルと帝国は友好関係にあり、現に獣人と人との婚姻も珍しくはなくなった。


「姫、アルマのローラ姫よ。我ら離れ離れになろうとも、心は固く結ばれているのです」

「ああザリオン。それでも離れたくありませぬ。この胸の痛み、腕を引きちぎられるよりも辛いのです」


 舞台上の姫君が獣王の胸で嗚咽を漏らす。その演技に観客も涙を拭いていた。そんな中で一人、白けた表情のマユ皇女がいた。彼女は俺達を見つけると、こっそりと席を離れドレスのスカートを両手でつまみながらこちら側へと小走りでやって来た。そしてテラに話しかける。


「えへへ。退屈で仕方がなかったのです。みんな、どうしてあんな演義で泣けるのかな?」

「それは登場人物に感情移入しているからでしょう」

「ええ? 姉さまはあの演義で心が動きますか?」

「しっ!」


 テラが人差し指でマユ皇女の唇を押さえた。何か不味い事でも言ったのだろうか……。


「言葉には気を付けて。マユ様」

「はい。ごめんなさい」


 マユ皇女がペコリと頭を下げる。その態度に違和感を覚えた。これは皇女と侍女の関係ではなく、通常の姉妹といった印象を受けたからだ。


 そしてマユ皇女は頬を膨らませ、テラに話しかける。


「だって、あの俳優さんね。もう、女優さんの胸が小さいとか口が匂うとかね。不満いっぱいな心で演義してるの。今夜は誰と寝ようとか、そんな事ばっかり考えてる。もう白けちゃうわ」

「あらら、帝都随一の俳優さんも、煩悩の塊だったわけね」

「そう。もうね、何あれって感じ。背が高くて顔が良くて、ちょっと演技が上手ってだけであんななんだから」

「なるほど。マユ様の黄金の瞳には誰もかなわないって事かな」

「うん」


 マユ皇女の瞳……黄金色のその瞳は、あの嘘を見抜くという神の瞳だったのか。それならば雑念ばかりの演義が面白いはずがないではないか。


「それと、お姉さまに報告です」

「私はお姉さまではなく、テラですよ」

「ごめんなさい、テラ」

「気を付けてくださいね。それで、どうだったのですか?」

「はい」


 マユ皇女が手短に報告する。長女のクロエと次女のマチルダは、共に普通の女子で特に気にする必要がない事。使用人の中に反帝国派のスパイが紛れ込んでいる事。このスパイはグリーク家を監視し、帝国側に寝返らないよう見張っている事。長男のヘルマンが黒幕のようだが、このパーティーには出席していないので確認できなかった事。そして、そのヘルマンの裏で糸を引いているのがアール・ハリと言う名の不審人物である事。


「ありがとうございます。マユさま」

「いいえ。どういたしまして」


 マユ皇女はテラに向かってにっこりと笑う。そして、俺とテラを交互に見つめ、テラの耳元でそっと囁いた。


「それは本当?」

「ええ。間違いないわ」


 そして再び俺を見つめた後に、再びテラの耳元で囁く。


「それは由々しき問題ね」

「そうだと思います。早く対処すべきです」

「わかったわ。ありがとうございました。マユさま」


 マユ皇女は手を振りながら自分の席へと戻って行った。そしてテラは少しだけ頬を赤く染め、小声でつぶやく。


「マユさまがね。私たちがあの演劇の登場人物みたいだって」

「え?」


 状況としては似ているかもしれない。俺は獣人だし、テラは白人だ。しかし、俺たちが恋に落ちるかどうかは別問題であろう。


「さあ、こっちよ」


 困惑している俺を無視し、テラはパーティー会場を離れた。途中でレイと合流し、茂みに隠してあった武器も回収した。


「テラ様。どちらへ?」

「レイさんのやりたかった事ができそうなんです。パーティー会場とは反対側の倉庫で、少しヤバイことが起きそうだと」

「それはマユ様が?」

「ええ」


 先ほど、小声で話していた内容はこれなのか。グリーク家の使用人の動きから、マユ様は何か良からぬ気配を掴んでいたようだ。


 俺たちは城を迂回し、白の裏手にある倉庫へと向かった。

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