第9話 アルゴル族の秘密
「ハーゲンさん。大丈夫ですか?」
俺は相当に気分が悪くなってしまい、片膝をついてしまった。そんな俺を気遣うように、テラが俺の顔を覗き込む。
「問題ありません。あの、ミミズ人間に少々驚いてしまったので」
士官候補生なのに情けない。女性の前なのでしっかりしなくてはいけない。
「そうよね。アレはキモイわ」
「はい。ところでアレは何なのでしょうか?」
「アレはね。アルゴル族と呼ばれている少数民族なのです。レーザ星系に生息している環形動物なのですが、集合体となった場合に高い知性と人格を持ちます。そして、ある種の特殊能力を発揮するのです。その力を使って人を支配し使役します」
「相手の体にミミズを寄生させてですか?」
「ええ。大変珍しい種なので輸出入は禁止されています。ただ、レーザ星系では人として認知されておらず、生物扱いなのです。彼らはあの特殊能力を使って、自分達の地位を認めさせようとしているようですね。だから、ああいう汚い仕事も平気で請け負っているのです」
テラはこんな話をしている時も笑顔を絶やさない。今が楽しくて仕方がないといった風だった。まだ若い女性だというのに、この肝っ玉の太さは一体どうなっているのだろうかと疑問に思う。俺は呼吸を整えながら立ち上がった。
彼女はそんな俺に安心したのか、再び部屋の捜索を始めた。書架にある本を掴み、本棚を移動させ隠し金庫を開く。金庫の中にはまだ数冊のファイルが残っていた。
「おお。これは大漁ね」
「密輸の証拠でしょうか」
「そうね。間違いないわ。バリスタさん」
「はい」
突然テラがバリスタを呼んだのには驚いたのだが、すぐ傍で彼が返事をしたにから更に驚いてしまう。この、諜報の専門家はいつからここにいたのだろうか?
「これ、全て押収して」
「了解しました」
色黒の偉丈夫、バリスタが数冊のファイルを鞄に仕舞い込む。そして、手を振りながら姿を消した。
「消えた? 彼も法術士なのですか?」
「ええ。そうね」
全くどうなっているのだろうか。扉を開閉せず部屋を出入りしているのか。俺にはさっぱり理解できないのだが、それが皇帝直下の諜報機関である〝黒剣〟なのだろう。これ以上は帝国の機密に関わると判断した俺は、これ以上は質問しない事にした。
「これからどうしますか」
「証拠は押さえたので、あとはパーティーを楽しんじゃえばいいかな?」
「レイ……レイダーはどうしますか? まだ地下牢だと思いますが」
「あらイケナイわ。忘れてました」
テラはぺろりと舌を出しておどけている。本当に忘れてしまっていたようで、レイの事が少し気の毒になった。
俺とテラは、再び迷路のような、裏側の隠し通路を使って地下牢へと向かった。独りぼっちにされたレイがいじけているかもしれないと心配したのだが、それは杞憂だった。
元から豪胆なあいつは拷問部屋の中をくまなく捜索し、使えそうな武器を並べ、そして手入れをしていたのだ。
「戻って来たのか? 中々良い剣があったんで軽く研いでたところさ」
そう言って一本の長剣を振り回す。片刃で反りがある、異国の刀剣のようだ。
「ほう、それは珍しいな」
「見てみるか」
俺はその剣を受け取った。片刃で細身だが、剛直で屈強なイメージだった。組み紐で編んだ柄と、うっすらと浮かび上がった波型の文様が美しい。
「これはまさか。サムライソードか?」
「多分な。ここの主はこの剣の価値を知らんらしい。ところどころ錆びは浮いているし、刃もガタガタだ」
「なるほど」
遠く地球からもたらされたサムライソード。帝国では両刃の直刀が多く使われているため、このような曲線をおびた造りの剣は珍しい。硬質であるにもかかわらず、しなりがあって切れ味は鋭い。こんな高価な剣は、本来なら玄関ホールや居間に飾られていてもおかしくはない。それを、こんな場所で拷問に使い、しかもロクに手入れもしていないとは信じられなかった。
「やっぱり、お前が好きな剣だったな」
「ああ。その通りだ」
「お前にやるよ」
「他人の所有物を持って帰ってはいかんだろう」
「大丈夫さ。錆びだらけで放置してたんだからな。大事にしてくれる人物に貰われた方が剣も喜ぶさ」
もっともな意見ではある。テラも笑って頷いていた。
俺はこの剣の鞘を見つけ収めた。
レイは小ぶりのタガーを二本掴んで振り回す。
「もっと良いものがあるんじゃないのか?」
「いや、コレでいい。あの、クソ自動人形をぶっ飛ばすにはこれが一番なんだ」
こいつ、あのエカルラートとやり合うつもりなのか?
俺の怪訝な表情を読んだのか、レイは不愛想に言う。
「さっきは素手だったし、キャトルに麻酔薬をしこまれたから負けたんだ。一対一で武器がありゃ勝てる」
「自信満々だな」
「当たり前だ。あのクソ人形をぶっ壊す」
レイはそう言ってX字型の拘束具を斬りつけた。刃渡り15センチほどのタガーは、その金属製の拘束具を容易く切り裂いた。
ゴトリと大きな音を立て、金属塊が床に落ちる。
「あら。それは霊撃ですね」
「お嬢さん、よく知ってるな。この技を使うなら、俺は短剣の方がいい。ハーゲンは長剣の方が得意なんだぜ」
「それは頼もしいですわね。でも、再戦できるチャンスは無いと思いますよ」
「え?」
テラの言葉に茫然自失といった表情をするレイだった。リベンジしようと意気揚々だったのだろう。
「ここは引き上げて、パーティーに紛れ込む」
レイは俺の言葉に渋々と頷く。テラはレイの体毛をに息を吹きかけ、レイそっくりの身代わりを作った。身代わりを地下牢に残し、俺たち三人は迷路のような複雑な裏道を進み地上へと向かった。
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