第8話 アルゴルの支配
「叔父上。ご理解いただきたい」
「しかし、これ以上は承認できん」
ヘルマン少年とアーネスト校長の口論となった。なるべく穏便にしたいアーネスト校長と、大胆に事を進めたいヘルマンとの確執は大きいようだ。
「叔父上。そのような理想論を申されても、現実は何もかわりませんぞ」
「馬鹿な事を言うな。蓄財に励むならまだしも、これは反逆罪となるぞ。将来どころか、今、グリークを潰すつもりか?」
「ですから、バレなければ何も問題はありませんよ。叔父上は臆病になっているだけです」
「いや、大志あればこそ慎重にならねばならぬ。私はグリークの繁栄を望んでいるが、それは帝国の繁栄あってこそ成り立つのだ。今、お前がやろうとしている事は、帝国の安全保障を脅かす大罪なのだぞ」
「安全保障? 寝言は寝て言うものですよ。叔父上」
「寝言だと?」
我がアルマ帝国の軍事力は強大だ。だからこそ帝国周辺の国々や、近隣の星域は平和で安定している。ヘルマンはそのバランスを崩し、騒乱状態に持ち込もうとしているのか。俺はまだまだ学生の身分で大きなことは言えないのだが、そういうやり方で帝国を支配できたとしても、結果的に帝国は衰退していく。繁栄とは逆に向かおうとする考え方ではないのだろうか。
そんな事を考えていると、テラが耳もとで囁いた。
「その通りです。彼らの策謀は数百年前から続いています。目指す方向は騒乱と混沌。そしてその後に救世主が現れるというシナリオでしょう」
また思考を読まれている。
「では、ヘルマンがその救世主になろうと?」
「いえ、違います。恐らく星間連合外の勢力でしょう。私たちはその勢力と戦い続けているのです」
「何年も前からですか?」
「いえ、千年以上も前からです。大地の女神であるクレド様の幽閉も、その一環であると考えています」
大地の女神クレド……我らラメル王国の主催神であり、帝国の守護神でもある。特に獣人からの信仰が篤い女神様だ。およそ500年前、彼女の封印に関して帝国を二分する大騒乱となったらしい。しかしクレド様は封印された。結果として、守護神を失った帝国の力は削がれたのだという。
「私は疑問に思っております。信仰の対象を封印してまで成す事であったのかと」
「そうね、その通りだわ。平和の名の元に、人として最も大切な信仰を奪った……帝国ですら星間連合の強い圧力に負けたのよ」
多数決の原理が幅を利かせたらしい。倫理や徳性ではなく多数決によってだ。星間連合に増殖している無神論者には信仰が理解できなかったのだという。
そんな事を考えていると、腹の底から怒りが込み上げてきた。しかし、目の前のテラは冷静そのものだった。
「少し落ち着いて。小声で話す程度ならこの隠形結界は破れませんが、激しい怒りの感情は結界を簡単に突き破ります」
「失礼しました」
俺は心を落ち着けようと深呼吸を繰り返す。するとテラは微笑みながら俺の頬に両手で撫で始めた。そして彼女の赤い唇が俺の唇にそっと触れた。
俺は仰天し、声が出そうになるのを必死にこらえる。しかし彼女は、微笑みながら俺の胸に顔を埋めた。
「えへっ。キスしちゃった」
テラは頬を赤らめ羞恥しているようだ。これはまるで女学生のような……いや、皇女殿下に仕えているとはいえ、彼女はまだ学生と言ってよい年頃だろう。これまでの態度から、彼女はもっと年上であろうと勘違いしていたようだ。
どうしてこんな場所でラブシーンを演じているのだろうか。俺は思考が混乱し訳が分からなくなっっていたし、同時に胸が激しく鼓動して収まる気配がなかった。そんなピンク色の雰囲気を壊したのはアーネストだった。ヘルマンとの口論は延々と続いている。
「だから何度も言っている。これ以上は反逆行為だ。私は帝国を潰してまで利益を貪ろうとは思わん」
「仕方がないですねぇ。叔父上、後がありませんよ」
「何の事だ。お前が次期当主になると確定したわけではないのだぞ。前当主の遺言があればこそ尊重しているが、国家反逆罪に問われればその資格も失せるのだ」
「反逆罪ね。もしバレればって話でしょ」
「だから、これ以上は必ずバレる。事が明るみになってはお終いだ」
「仕方ありませんねえ。アルゴル、やれ」
ヘルマンがアルゴルと呼んだ男。あの青白い顔をした、ミミズの匂いがするあの人物に顎をしゃくって指示した。
それを見ていたテラが小声でささやく。
「あ。始まりますよ。決定的瞬間が」
「え?」
「黙って見てて」
その得体の知れない人物は二歩ほどアーネストに近づき、右手をアーネストの顔へと添えた。
「アルゴル。何をするんだ」
「貴様が邪魔って事だろ」
甲高い女のような声でアルゴルがつぶやく。そして、その腕が無数の環形動物へと変化した。幾多のミミズがアーネストの顔へとまとわりつき、そして全身を覆った。
くぐもったうめき声をあげながらアーネストは膝をついた。そして両腕を上に挙げ悶えた後、ぴたりと動かなくなった。
「できたのか」
「待て。融合するまで少しかかる」
「ふふふ」
ヘルマンが不敵に笑った。そしてアルゴルがアーネストに近づき左腕を伸ばす。アーネストにまとわりついていたミミズがアルゴルの左腕へと移動し、大きく口を開けたアーネストの顔が現れた。
「気分はどうですか? 叔父上」
「ああ。大丈夫だ。最初は吐くかと思ったが、今は気持ちがいいよ」
「ところで叔父上。例の件は?」
「問題ない。お前の好きにしろ」
「ありがとうございます。では書類を」
「わかった」
アーネストが書架にある本を掴む。すると、その書架が横にスライドし奥から隠し金庫が現れた。アーネストはその金庫を開き、中から一冊のファイルを取り出す。
「では行こうか」
ファイルを抱えたヘルマンが部屋を出て行く。アーネストとアルゴルも彼に続いた。
「ね。面白かったでしょ。決定的瞬間」
あんなグロテスクなシーンを見ても笑顔を絶やさないテラはどんな神経をしているのだろうか。俺はというと、テラとキスした興奮は何処かへすっ飛んでいき、嘔吐しそうなくらい気持ちが悪くなっていた。
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