第7話 執務室の影

 歩きながらテラが話してくれた。

 グリーク家の当主は、ヘルマンの父であるシーベだった。一昨年、彼は他界し叔父のアーネストが当主を継いでいた。次期当主たるヘルマンが、まだ幼かったからだ。そして10年後、ヘルマンに当主を譲ることになっていた。

 古来グリーク家は帝国の軍事、特に兵器関係を司る家であった。現在は宇宙軍用装備の調達や開発に携わっているのだ。


「だから、外国人との交流も多いのよ」


 テラの説明は続く。ここで言う外国人とは異星人の事になる。宇宙軍とは『アルマ星間連合宇宙空間共同防衛機構』の略称だ。一国の組織ではなく、星間連合旗下の組織となる。星間連合とは、幾つもの惑星国家の連合体だ。


「着いたわ。さあ、探検よ」


 テラが手をかざすとドアは素直に開錠して開く。全く、こんな能力を持つ者が悪意を抱けばとんでもない事になる。


「敢えてお聞きしますが、捜査権や令状などはお持ちで?」

「無いわ」


 即答だった。

 間違いなく違法行為になるのだが、テラは気にも留めずデスクの引き出しを開けて、中の書類を物色し始めた。


「へへえ~。色々ありそうね」

「何か不正でも?」

「そう。今、アーネストが当主なのよ。彼はね。星間連合の惑星国家で使用する人型機動兵器の取引に関わっているの。ほら、これを見て」

「シッスルおよびクリビアの仕様変更について。それから、ルビアの近代化改装について。宇宙軍用の人型機動兵器とその廉価版に関する資料ですね」

「そうね。ちょっと、記録するわ」


 テラは携帯端末を取り出し書類を記録していく。そして書類の中からまた、関心事を見つけたようだ。


「シッスルの性能評価と使用国への報告について。これも怪しいわね」


 また、記録を始める。


「取引先とか、価格や数量の記載された書類は無いかしら。ハーゲン、貴方も手伝ってよ」

「分かりました」


 俺もファイルをめくり書類に目を通すのだが、宇宙軍の装備に関する仕様書や、その評価資料ばかりだった。取引に関するもの、価格等の参考になるものは見つけられなかった。


「まさかとは思うのですが、グリーク家が武器の密輸に関わっているのでしょうか」

「その疑いが強いの。しかも、取引先が星間連合外である可能性が高いわ」


 なるほど。そんな理由なら皇帝直下の諜報機関である黒剣が動いているのも理解できる。このテラも、開錠等の法術が得意であるため駆り出されているとすれば納得がいく。


「事の発端はね。アラミス星に配備してあったシッスルに問題が発生したの」

「シッスルと言うと、宇宙軍用の人型機動兵器アカンサスを地上専用とし、簡素化して低価格化した機体ですね」

「そうです。アラミスのシュヴァル共和国で運用していたのですが、その動力炉の制御部品が余ってしまったのよ」

「定期交換用の部品ですね。それが余るとは意外ですね」

「そう」


 テラは頷きため息をつく。


「それは、正規の動力炉を使用している機体の定数が少なくなった事を意味します」

「つまり、他の動力炉を搭載しているという訳ですか。違法改造ですね」

「そう。違法改造。供与してはいけない技術を供与した」

「その件にグリーク家が関与していると」


 テラは頷きながら俺の方を向く。


「ええ、その通りです。それがただのお金儲けであれば罪は軽い……いえ、軽くはないのです。それでも反逆罪程の重罪ではない」

「まさか謀反を」

「確証はありません。しかし、反帝国派の国の軍備強化に加担している疑いが強い。故に調査が必要なのです」


 なるほど。皇帝直属の黒剣が動いている理由がよく分かった。しかし、俺やレイの様な学生が、こんな事に首を突っ込んで良いのだろうかと疑問に思う。


「大丈夫です。貴方たちは立派な騎士ですから」


 また心を読まれた。彼女の前で、隠し事は通用しないようだ。


「あ。誰か来ますね。隠れましょう」

「隠れるって、そんな場所は……」


 テラは書類のファイルを引き出しに仕舞い、俺の手を引いてカーテンの陰に隠れる。こんな事で隠れていることにはならないだろうと思うのだが口を塞がれた。


「静かに。法術で隠形の結界を作ります。効果範囲が狭いので少し窮屈ですが我慢してくださいね」


 そう言って俺に抱きついてくる。彼女の柔らかな感触に胸の鼓動は激しくなっていく。自分がこんなに興奮して大丈夫なのだろうか、隠形の結界が壊れたりしないのか気が気でなかった。

 

 ドアの鍵が開けられ、部屋に入って来たのはアーネスト校長とヘルマン少年、そしてもう一人の男だった。


「お前たちは外で待っていろ」


 ヘルマンは、自分に付き従っていた自動人形に待機を命じドアを閉め施錠した。


 最初に口を開いたのはもう一人の男だった。


「帝国の犬が嗅ぎまわっている。拠点を移した方がよいだろう」


 青白い顔をした男。いや、それは男なのだろうか。人の気配すらしない特殊な雰囲気をまとうもの。恐らく奴が、昨夜アーネスト校長の部屋へ来ていた不審者であろう。俺はレイのように鼻が利くわけではないのだが、奴からは人の匂いがしない。

 

「ここを拠点にすることを提案したのはお前だ。帝国のお膝元の方が発見されにくいと言った」


 その怪しい男を糾弾するアーネスト。

 しかし、そのアーネストをなだめたのはヘルマン少年だった。


「まあまあ叔父上。ここが嗅ぎつけられたのは偶然です。拠点を移せば済む事です」

「それはそうだが。しかし、反帝国派にこれだけの武器を流すなどとは思ってもみなかった」


 俺の目の前で、アーネスト校長が頭を抱えている。薄くなった白髪頭をかきむしりながら首を振る。


「今のうちに飼い慣らしておくのですよ。将来、僕が帝国を手に入れるために」

「ああ、それは我がグリーク家の悲願だが。しかし、帝国が滅びてしまっては意味がない」

「帝国はそんなにやわではありませんよ。この程度で揺らぎはしません。しかし、我々グリーク家が再び覇権を握る為に、我らに追従する者を増やしておく事が必要でしょう」


 ヘルマン少年とアーネスト校長の会話が続く。冷ややかな目でそれを見つめる怪しい男。こいつがグリーク家の裏で暗躍している武器商人なのだろうか。


 俺の心臓は激しく鼓動している。静まれと命じても静まる気配などない。俺はテラと抱き合ったまま、極度の緊張感を味わっていた。生きた心地がしないとはこの事だった。

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