第6話 暗黒の地下室

 その時、俺は背後に人の気配を感じて振り向いた。

 そこにいたのは、まだあどけない少年とメイド服を着た少女、そして大柄な黒色のロボットだった。これが例の戦闘人形エカルラートだろう。


「何故こんな所にいる」


 声を発したのは少年だった。


「けが人を介抱しています。人道的措置ですわ」

「そんな事は聞いていない。不法侵入について問うているのだ」


 黒髪の少年はまだ幼く、血の気のない青白い風貌は不気味だ。

 しかし、その尊大な態度はまさに一国の主のようだった。


「さあ答えよ。私はこの城の次期当主、ヘルマン・グリークだ。貴様、名を名乗れ」

「私はテラ・アルバード。今日は皇女様の給仕としてここに来ております」

「私はハーゲン・クロイツ。私も皇女様の使用人としてここに来ております」


 ヘルマンと名乗った少年は怪訝な笑みを浮かべ、俺とテラを交互に見つめていた。


「北方サナートの守備を任されているアルバード辺境伯。そして、鋼鉄人形の心臓を司るラメルの子爵。なるほど……皇家に尻尾を振る愚劣な連中だ」


 この、まだ幼い少年は皇家を蔑んでいるのか。

 グリーク家。古くは皇家であった由緒正しい家柄だったと聞く。約700年前、現在のウェーバー家に皇位を譲った。何故そうなったのか理由は知らないが、そんな事情が確執を生むのだろうか。現在、皇家と公爵家の間に不穏な空気があるのは間違いがないだろう。


「皇家に仕える身としては、その発言は見逃せません。私達にとどまらず、皇帝陛下をも侮辱する言葉ではありませんか」

「そう聞こえたかアルバード。貴様は耳が良いな。そう言えば、先程どこぞの野良犬を見つけたが、野良ではなく皇家の犬だったという事か。まあ、本当に犬だったのは笑えるがな。ははははは」


 高笑いをするヘルマン・グリーク。

 まだ幼い顔が醜く歪む。その表情に純粋さは微塵も感じない。


「殿下。始末しますか?」


 脇にいたメイドが尋ねるのだが、ヘルマンは首を横に振る。


「後でたっぷりと楽しもう。先ずはキツネとイヌの剥製を作るんだ。そして女は拷問だ。ひゃはははは。何時間正気でいられるかな。ゾクゾクするぞ。ひやはははははははは」


 狂ったように笑いながら部屋を出ていくヘルマン。そして、黒色のロボットとメイド服の少女もそれについていく。


 彼らが出た後、部屋の入口には鉄格子が降りて来た。

 俺たちは、この地下の拷問部屋に閉じ込められてしまった。


「テラ様。すぐに脱出方法の算段をしなければ」


 俺の進言に、テラは笑いながら手を振る。


「このような場所から逃げるのは簡単です。まあ、とりあえずはここにある奇怪な道具を検分しましょう。うふふ」


 奇怪な道具とは、拷問用の数々の器具であろう。罪人を吊るす滑車や鎖。手かせや足かせ、縛り付ける為の十字架等の拘束具。そして、様々な形状の刃物、大小いくつものハサミやノコギリ、おぞましい装飾が施してあるペンチ。用途の分からない怪しい器具はそれこそ数えきれないくらい置いてあった。


「沢山ありすぎて、何が何やら意味不明です」

「確かにそうですね。どう使用するのか見当がつきません」

「あまり想像したくありませんね。拷問は禁止されていますが、ここの主は大好きなようですね」


 テラの言葉にレイが頷いている。


「ここは血の匂いが染みついている。それに、その辺を見ろ。人毛やら肉のついた爪やらが落ちてるだろう。常に拷問が行われている証拠だよ」


 確かに、石造りの床にはまだ新しい血の跡があり、人毛や爪の欠片、干からびた肉片もあった。

 それにしても、武器になりそうなものが沢山ある。これを使って俺たちが反抗する事を考慮していないのだろうか。


「こんなガラクタを使ってもあの強靭な戦闘人形を倒せない、そう思っているのよ」


 また、テラに心を読まれてしまった。


「確かに、人間をいたぶるための道具と戦闘用の武器とは違います。しかし、これを使えばあのヘルマンを殺すことはできましょう。彼は心配にならないのでしょうか」

「そうだと思いますよ。あの子、自分の命には興味がないって感じでしたから」

「自分の命に興味がない?」

「そう。何か……異質なものを感じますね」


 それは俺も同じだった。

 年齢にそぐわない尊大で奇異な雰囲気をまとっている。先ほど外で見かけた、無邪気なマユ皇女とは大違いだった。


「さあ、ハーゲン。今がチャンスですよ。外はパーティーの真っ最中、そして私達は閉じ込められたと思われている」

「つまり、油断している?」

「そう」

「しかし、ここから出られるのですか?」

「私の得意技、覚えてるでしょ」


 そうだった。テラは開錠、鍵を開ける法術に長けていた。彼女は入り口の鉄格子に軽く手を触れる。一瞬それは光を放ち、上方に開いた。


「さあ、ハーゲン行きましょう。レイさんはここに残っていてください」

「え?」

「全員出て行ったらバレちゃうじゃないですか。身代わりを置きますから」


 そう言って、彼女は自分の髪の毛を抜き息を吹きかける。するとテラのそっくりさんがそこに現れた。俺の体毛にも同じように息を吹きかけ、俺の人形を作る。


「その子たちは基本動きませんから、見張りが来たら上手に演技お願いしますね」

「ええええ?」


 唖然とするレイを放置したままテラが手を振ると、鉄格子は下に降る。一人閉じ込められたレイは、さすがに不安を隠せないでいた。


「本当に置いていくんですか?」

「必ず迎えに来るから後はお願い。ゆっくり休んで体力を回復しておいてね」


 にこやかに手を振るテラだったが、俺には少々残酷に見えた。レイを置き去りしたまま、テラは俺の手を引きずんずんと歩き始めた。


「先ずは違法な拷問の証拠を掴みました。次は、当主の執務室へ行きましょう」


 そのまま階段を上り裏の通路を歩く。そこは迷路のようになっており、俺はもう道が分からなくなっていた。


「この通路で間違いはないのでしょうか」

「ええ、大丈夫よ」


 自信満々なテラだった。正しい道が分かる法術でも使っているのだろうか。


「私、こういうのに憧れていたの」

「こういうのとは、大スパイ作戦の事ですか」

「それもありますが、素敵な殿方と二人っきりで冒険する事です」


 俺を見つめる彼女の頬は赤く火照っているようだった。

 俺も同じだ。頬も耳も熱くなっているだろう。


「こういう機会はなかなかありませんから。もう、思いっきりドキドキしています」


 テラはそう言って俺の手に頬ずりをする。もふもふの毛皮が気に入ったのだろうか、彼女はなかなか手を離してくれなかった。

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