第5話 カストリアのグリーク城
遠くにグリーク城が見えて来た。
かつては帝都防衛上の要と言われていた帝都リゲルの出城である。
広大な敷地に倉庫がいくつもある。過去は兵器の集積所であったらしいが、現在は農作物の貯蔵庫として利用されているという。
周囲は麦などの穀物類。ブドウやオレンジ等の果樹園が続く。
ブドウを使った果実酒の製造も盛んにおこなわれている。
城の上方に飛行艇が何隻も係留してあった。
その中に皇室専用艇が見えた。真っ赤な薔薇と盾をあしらった皇室の紋章が描かれているのですぐにわかった。銀色の船体が一際輝いている様は非常に美しい。
街道の途中に設けられたゲートで身分を確認される。俺たちは皇室の世話係として通された。そんな書類を作っていたとは恐れ入る。乗鳥を預けてからパーティー会場へと向かう。そこは城外の広大な敷地に設置してあった。その周囲には貴族の姫やその付き人、警備の兵でごった返していたのだが、俺は背中に強い衝撃を受けよろめいてしまった。
「あら、ショルダーアタックでも倒れないのですね。私、意外と重量級だと言われてますのよ。狐の騎士様」
背後からそんなセリフが聞こえた。振り向いた俺は少々驚いてしまった。そこにいたのは昨夜出会った少女テラだったのだが、彼女の服装は昨夜と同じエプロンドレスだった。
「テラ様? その服装は?」
「え? 私は第二皇女マユ様の付き人です。服装が変ですか?」
「そうではなくて、私はあなたが皇室の方であると思っておりました」
「嫌ですわ。そんな高貴な方と間違えるだなんて。私はテラ・アルバード。アルバード家の次女になります」
「テラ様。身分を明かされては……」
「いいんです。変に秘密にすると余計な詮索をされますからね。本日は、マユ皇女の付き人としてこちらに来ております」
アルバード辺境伯。聞いたことがある名だった。
北方に領地があり、帝国の聖地であるサナートの守備を任されているのだと。なるほど、その銀色の容姿は北方の貴族に多いと聞く。その伯爵の娘が皇女様の付き人になっているのなら筋は通る。
「さあ、ハーゲンさんお散歩しましょう」
「マユ皇女様は?」
「ほらあそこ」
そう言ってテラが手を振る先に、まだ背の低い褐色の肌の少女がいた。その幼い容姿の彼女はこちらに気づき手を振っている。
「マユ様の方は大丈夫なのですか?」
「大丈夫。私の他に三人も給仕がいるんだから」
「そうなんですか?」
「ええ。皇位継承順位第二位のお方ですからね。それはもうゾロゾロとくっついて来てますわ」
テラはそう言って、俺の手を引き城の方へと歩いていく。
パーティー会場から離れてもいいものかと思ったが、バリスタも手を振っていた。
俺は何のために連れてこられたのか?
疑問に思うのだが考えている時間はなさそうだ。
「そろそろパーティーが始まりますからね。この隙に城内へと入り込みますよ」
「城内へ?」
「大丈夫。今日は解放されてますから」
俺たちはすんなりと城内へ入る事が出来た。
皇家の使用人という立場は、それなりに融通が利くものらしい。
テラは簡単に裏口を見つけてそこから中へと入って行く。城の中の裏道らしき所を通っていき階段を下っていく。
「何をするんですか?」
「大スパイ作戦よ。ねえ、ドキドキするでしょ」
「まあ、ドキドキしてはいますが」
俺は心臓の鼓動が高鳴っているのを感じていた。
それは、目の前にいるこの少女、テラと二人っきりだったからだ。
これが恋なのか。
単なる刹那的な感情なのか、永遠に続く恋慕なのか。
俺には理解できなかった。
テラはニコニコしながら俺の手を引く。
何故、そんなに笑えるのだろうか。
皇女殿下の給仕なのに、こんな所に侵入して喜んでいられる理由は何なのだろう。
しかし、俺もそんな彼女と一緒にいることが嬉しくて仕方がなかった。
「階段を降りるわよ」
「何処に行くのでしょうか?」
「貴方のお友達に会いに」
「俺の友人?」
「あの黒毛の人」
「レイ……レイダー・グラブロですか?」
「そう、レイって言ってたわね」
そうだ。早朝、アーネスト校長が外出したからと尾行していた。家に帰っていると思ったが、こんな所にいたとは。
「どこかに隠れているのでしょうか」
「残念ながら、捕まってるわね」
「本当に?」
「ええ、本当よ」
「どうしてわかるのでしょうか」
「前にもお話したと思うのですが、私は法術士なのです。そうですね。貴方たち獣人であれば、その体毛を手掛かりに探索できるのです」
「そんな事が可能なのですか」
「ええ」
そう言ってテラは俺の手を握る。
これが高位の法術士なのか。その輝くばかりの笑顔を見て、俺は彼女の高貴な雰囲気の理由が分かった気がした。
薄暗い地下への階段だったが、彼女の笑顔に照らされ周囲はほのかに明るく感じた。
殆ど使われていないのだろう。腐った空気と埃の匂いがする。
両脇に鉄格子が並ぶ廊下を進むと階段があった。
そこを降りるとやや広い空間があり、様々な拷問道具が並べてあった。X字に組まれた角材に縛り付けられていたのはレイだった。かなり痛めつけられたようで、全身傷だらけで血まみれだった。
俺はすぐさま走り寄ってレイに声をかける。
「おい。生きているか。すぐに解いてやる」
まだ生きていたのだが、彼の意識は朦朧としていた。
一体誰がこんなことをした。この、デタラメに強い男をここまで痛めつけたやつは誰だ。
俺ははらわたが煮えくり返るような怒りを覚えつつ、あの時一人で行かせたのが間違いだったと後悔した。
ポケットから小型のナイフを取り出しロープを切ってやる。そして下に下ろして頬を叩いた。
「レイ。大丈夫か」
「ああ、ハーゲンか。ドジ踏んじまったぜ」
「喋らなくていい」
「ざまねえな。気をつけろ。帝国の戦闘人形が二体いた。暗殺用のキャトルと白兵戦用のエカルラートだった」
その名は知っている。
暗殺用自動人形キャトルはどんな人物にでも化ける。戦闘力は大したことはないが、闇討ちが得意で麻酔などの毒物を使う。そして、エカルラート……緋色と言う意味だが、数ある自動人形の中でも最高傑作と言われている奴だ。白兵戦において人は敵わない。
なるほど、レイがいくら強いと言ってもアレが相手では歯が立つまい。
「法術治療を施します。大丈夫ですよ。体を楽にしてください」
そう言ってテラはレイの体を撫で始める。
彼女の手のひらが光り始め、その光がレイの体へと吸い込まれていく。何とも不思議な光景なのだが、レイの傷は徐々に塞がっていき、出血も止まっていった。
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