第4話 バリスタと共に
二時間程度眠っただろうか。
レイに叩き起こされた。
「おい、ハーゲン。校長が出かけていくぞ。俺は尾行するからお前は部屋を監視しろ。いいな」
「ああ分かった」
寝ぼけて即答してしまった。尾行の必要はない。
「何を熱くなっている。この馬鹿野郎。部屋の監視だけでいいと言われたじゃないか」
俺の呼びかけにレイは答えない。既に部屋を出ており俺の言葉は届かなかったようだ。
一抹の不安が残るが仕方がない。約束通り、部屋の監視を続けなくてはいけない。俺は双眼鏡を掴み、部屋の監視を始めた。
それから10分くらい経過した頃であろうか。突然、後ろから声を掛けられた。
「おはようございます。首尾は如何ですか」
当然、驚いた。
俺の後ろにはあのバリスタが立っていたのだ。
「先ほど、10分ほど前なのですが、グリーク校長は外出されました。レイは校長を尾行すると言って出ていきました」
「そうですか」
あっけない返事だ。
面倒な事になるかもしれないという俺の不安は杞憂だったのか。
「うーん。彼は匂いに敏感なんですよね」
「ええ、そうです。昨夜、校長の部屋から出て行く者がいました。その者の見た目は人間でしたが、匂いは人間ではなかったと言っておりました」
「ほう。なかなか良いですね。ミミズの匂いだと言ってたのでは?」
「何故その事を」
バリスタはニヤリと笑って俺の肩に手を置く。
レイはこの辺りでは嗅いだことがない匂いだと言っていた。それはやはり核心だったと言うのか。
「全て憶測だったのですが、その報告でつながりましたよ。レイ君は鼻が良いので騙されるされることはないでしょう」
「騙されるとは?」
「人間に化けているアレにですよ」
アレとは何だろう。
妖怪や魔物といった人外の事なのだろうか。
「ほほう。噂の勇者様がいるのはここですかな」
「ええ。そうです」
また一人、気配も無く部屋に入って来た。
その人物はえんじ色をした親衛隊の制服を着ている老人だった。短く刈り上げた頭髪は全て白くなっている。人間にしてはかなりの巨躯であるし、その分厚い筋肉は老人とは思えなかった。そして、心当たりがある人物は一人しかいなかった。
それは皇帝警護親衛隊の隊長、ダグラス・バーンスタイン大将だった。
「まさか、バーンスタイン大将ですか」
「おう。儂の事を知っとるのか」
「それはもちろん、親衛隊長のお名前は存じております」
「かしこまらなくても良い。楽にしろ」
どうして親衛隊長がここにいるのか。詮索するなと言われているが、バリスタの正体は皇帝直下の諜報組織〝黒剣〟であろう。
黒剣も親衛隊も皇帝直属の組織だった。
それならば、皇帝陛下の命であればこの二人が一緒にいる事も不思議ではない。
「ところでバーンスタイン閣下。何故このような場所へ来られたのですか?」
「気になるか?」
「もちろんです」
「お前が見張っていたあの部屋。アーネストの部屋の家宅捜索だな」
「家宅捜索ですか」
「曲がりなりにもグリークは四大公爵家の一つだからな。憲兵が来ては角が立つじゃろう」
「そうかもしれません」
「今回は極秘に黒剣がやる。それにな。儂がいれば邪魔する者はいない。事をすんなり運ぶ為の番犬としての役目じゃな」
「そんな大事になっているんですか?」
「そうです」
そう返事をしたのはバリスタの方だった。
「詳しい話はできませんが、まあ、
「ここは儂に任せてお前たちは行け。時間がないのではないか?」
「ええそうですね。ハーゲン君、行きましょう」
「はい」
訳の分からぬまま部屋の外へ出る。
建物の脇に二頭の乗鳥がいた。
「これに乗っていきましょう。乗れますね」
「はい、大丈夫です」
鞍のついた乗鳥に乗る。
これは大型の飛べない鳥で、帝国では乗用として多数使用されている一般的なものだ。
乗鳥は軽快に走る。最高で時速60キロメートル程度で走れるのだが、今はその半分程度の速度だ。帝都西側の大門をくぐり城外へと出て行く。
「何方に行くのでしょうか」
「リゲル東方60キロメートル程度のところだよ。カストリアと呼ばれている荘園地帯で、グリーク家が所有しているんだ」
「二時間程度かかりそうですね」
「まあね。ところで君は、ドールマスターなんだろう?」
「まだ資格は持っておりません」
「謙遜しなくてもいいよ。クロイツ家の跡取りは天才的なドールマスターだと聞いている」
「単なる噂でしょう」
「ふむ。そういう事にしておこうか」
「ありがとうございます」
皇帝の懐剣と呼ばれている黒剣。帝国の諜報機関の中枢に位置するエリートだ。そんな人にとって俺の素性など筒抜けなのだろう。
俺の家は帝国防衛の要である鋼鉄人形の製造に深く関わっている。鋼鉄人形とはいわゆる
その時、小型の飛行艇が頭上を追い抜いていくのが見えた。
「あれは?」
「そうだね。VIPが乗っている飛行艇だよ」
「VIP……皇女殿下でしょうか」
「察しが良いね。今日はカストリアでお姫様方の女子会が開かれるんだ」
「女子会」
「そう女子会。グリークの姫、クロエ様の主催になる」
「各貴族の姫君が一堂に会する催しなのでしょうか」
「そうだと良いが、グリーク家は何かと敬遠されてるからね。クロエ様を使って人気を挽回するイベントではないかな」
「グリーク校長もそのイベントに参加するのでしょうか?」
「参加と言っても挨拶をするだけでしょう。華やかなパーティーの裏で」
「何かすると」
バリスタは俺の言葉に対して肯定も否定もしない。唯々、微笑んでいるだけだった。
乗鳥は市街地を離れ郊外の街道をゆったりとしたペースで走る。
飛行艇ははるか遠くに飛んでいく。
その姿は徐々に小さくなっていき、そして見えなくなった。
あの飛行艇には色街でテラと名乗ったあの少女、ネーゼ様が乗っているのだろう。カストリアで何か事件でも起ころうとしているのか。そこで俺が必要とされているのだろうか。考えて何かわかる筈がなかった。
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