第3話 アーネスト・グリーク
俺たちはパブで貰ったサンドイッチを頬張りながら監視の準備を始めた。校長の部屋は俺たち学生の住む寮の隣に建っている集合住宅内にある。その建物には校長以下教官たちが住んでいるのだが、偶然にも俺たちの部屋の目の前に校長の部屋があり、リビングと玄関が丸見えだった。監視環境としてはこの上ないものだ。
「なあハーゲン。あのテラって人、俺たちの事知ってたのか? この部屋に住んでるって事も」
「そうかもしれんな。高位の法術士は千里眼を持ち未来を見通すと言われているからな」
「なあハーゲン。お前さ、あのテラさんの正体、もう目星つけてるんじゃないのか? お前の家なら帝都の貴族様との付き合いとかあるんだろ」
「ない。多分、俺の家なんか比べ物にならない格式の家だ」
「へえ。そうなのか」
レイは気づいていなかったのか。あの銀髪の容姿から。
俺も最初は半信半疑だった。
しかし、あの娼館の名から推測できることがあった。
それは貴族の秘密に関わることだったのだが、俺の家も軍事に深く関わっているのだ。俺の家はアルマ帝国の衛星国家、ラメル王国の小貴族だ。帝国の配備されている決戦兵器、鋼鉄人形の動力炉の開発に関わっている。その関係で、帝都リゲルの皇族や貴族の情報は少なからず耳に入る。
親父に聞かされたことがある。それは、帝都リゲルの娼館『バブルダンス』の事だ。国家の諜報機関に携わっている家系が営んでいる。それは通称〝黒剣〟と呼ばれている皇帝直下の諜報機関であり、その黒剣の中核を成すのが、皇家ウェーバーの懐剣と言われているクラッシス家であると。
そして皇家ウェーバーの姫君と言えばあの人しかいない。
第一皇女のネーゼ・アルマ・ウェーバー。
まだ成人前で公務には携わっていない。だから名は知れているが、その容姿はあまり知られていない。
白い肌で銀髪。ふくよかな体型だという話は聞いたことがある。間違いないだろう。テラと名乗った少女は第一皇女のネーゼ様に違いない。
「おいハーゲン。俺はその辺の匂いを確認してくるぜ。事前調査ってとこだな」
「分かった。俺はここから監視する」
「じゃあな」
レイは部屋を出て行った。
俺は双眼鏡を用意し校長の部屋の監視を始めた。
深夜だというのに明かりがついている。
窓にはカーテンが掛けられており中の様子は伺えない。
誰か来ているのだろうか。それとも、何か仕事をしているのだろうか。
外をウロウロしていたレイが、集合住宅の出入り口付近の茂みの中に身を隠した。
レイの体は大きいが、黒い毛色で夜は目立たない。しかも、隠形系の術に素質があるようで、気配を殺すと俺でも気が付かない上級者だ。日頃の粗野な態度からは想像も出来ないデリケートな技術を持っている。
深夜1時を回ったころ、校長の部屋から出て行く者がいた。
普通にドアから出てきたのだが、その慎重な動き方は尋常ではなかった。深夜、ドアの開け閉めに注意するのは当然であろうが、それ以上に気配を殺しているのだ。そして、必要以上に周囲を警戒していた。
黒いコートを羽織ったそいつは、音もたてずにレイのそばを通り過ぎていく。
レイは俺に合図を送って来た。尾行するかどうかを聞いて来たのだろう。俺は首を横に振りレイは頷いた。
奴が敷地の外へ出たのを見計らい、レイはここへ戻って来た。
「あいつ、追いかけなくて良かったのか?」
「問題ないだろう。俺たちが受けたのは校長の部屋の監視だ」
「そうだったな」
「ところで、匂いで何か分からなかったか?」
「ああ、その匂いでアレが本命だと思ったんだよ。このあたりじゃ嗅いだことがない匂いだった」
「ほう」
「何だか……人間や獣人じゃない。動物でもない。トカゲや昆虫とも違う匂いなんだ。魚人が近いかもしれないが違う。そうだな。アレはミミズの匂いだよ。畑を耕すと出てくるあのウネウネしたやつさ」
レイは気持ち悪そうに両手の指をくねくねさせる。
「もういい。人の姿でミミズの匂いか。そいつは魚の養殖業者かもしれんな」
「そんな業者がこんな夜中に校長のとこに来るのか」
「可能性はゼロじゃないが、思いっきり怪しいな」
「だろ?」
「これから朝まで交代で監視をしよう。お前は先に寝てろ。交代は三時間後だ」
「分かった。じゃあ先に休むぜ」
レイはさっさとベッドに潜り込んだ。
俺は引き続き監視をするのだが、校長の部屋の灯りはすぐに消えた。その後は出入りする者もなく、また部屋の様子も変化はなかった。
三時間後、レイが起きて来た。まだ寝ぼけ眼だったが交代する。監視しながら眠っても問題はないだろう。
俺ベッドに入って目を瞑る。
なかなか寝付けない。
脳裏にはあの銀色の髪の女性、テラと名乗った女性の事であふれていた。本当の名はネーゼ。間違いないだろう。
どうして彼女が動いているのか。
諜報関係の仕事をしているというバリスタ。恐らく皇帝直属の諜報部、通称黒剣の事だろう。
黒剣だけでは解決できない事なのだろうか。
皇女や俺たち学生まで引っ張り込む必要があるのだろうか。
俺如きが考えて結論が出るわけがなかった。
あれこれと考えているうちに、俺は睡魔に捕まり深い眠りに落ちてしまった。
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