第2話 色街での待ち合わせ

 テラと名乗った彼女はこの色街に用事があると言っていた。貴族の娘がこんなところに用事があるとは思えない。護衛が必要だと思った俺はテラにその旨を申し伝えていた。


「何の用事かは知りませんが、お一人でこの町を移動するのは危険でしょう。用事が済むまで私がお供いたしましょう」

「そうね。お願いしようかしらハンサムさん」


 テラは再びフードを被り歩き出す。

 彼女は路地の奥へと入っていき、俺とレイは彼女の後をついて行った。


「ここね」


 とある娼館の裏口でテラは立ち止まる。

 俺たちに向かってにこやかに微笑みながら語りかけてくる。


「一緒に入る?」

「はい。ご一緒します」

「勿論です、お嬢様」


 俺とレイは即答していた。


「じゃあ行きましょうか」


 裏口は勝手に開いた。テラはそのまま中に入り俺たちもそれに続く。扉は勝手に閉まり勝手に施錠した。その様子を見ていたレイは驚きを隠せない。


「テラさんは法術士ですか?」

「そんなものね」

「これは開錠の術でしょうか?」

「そうね」

「じゃあ、どんなところでも忍び込めるのですか?」

「そんな事はしませんよ。忍び込みたい場所があるのですか?」

「いやーそれは……」

「女子寮だ」


 俺の突っ込みにレイはビクっと体を震わせる。


「おいハーゲン。お前バラすなよ」


 照れくさそうに頭をかくレイ。それを見ながらテラは笑っていた。


「それは協力できませんね。乙女の純潔を汚す者にはお仕置きが必要ですよ」


 大男のレイが小さくなる。このテラと言う女性は女王のような貫禄があった。


 薄暗い通路を奥へと進んでいく。誰にも出会わない。

 普段は使用していない入り口だったのだろうか。


 テラは一番奥へと進み、その扉をノックする。扉は内側から開き、一人の男性が迎え入れてくれた。


 浅黒い肌をしている若い人間だった。


「さあどうぞ、テラ様。ん? そこの二人は?」

「今夜の護衛です。先ほど、暴漢から救っていただきました」

「ほう。テラ様を救ったと」

「はい。さあ貴方達も入って」


 俺とレイは返事をし中へと入る。

 俺たちの服装を見てその男はため息をつく。


「君たちは帝国軍士官学校の学生だね。制服のままこの街に来るなんて度胸があるな」

「は?」


 とぼけてるのはレイだ。


「ラメル王国出身だろ? 目立つ容姿だからな。まあ、来週には情報が学校に伝わっているだろうね。校長から呼び出しがあるかもしれないよ」

「バリスタさん。そう脅さないでください。彼らは私の護衛なのですから」 

「そうでしたね。なるほど、士官学校か。なるほど」


 バリスタと呼ばれたその男はしきりに頷いている。浅黒い肌に大きい二重の眼。いわゆるイケメンに相当する人物だ。平服であるが総髪を後ろで括っているところが武人のようだった。


「ところでテラ様。この二人、ここにいさせてよろしいのですか?」

「大丈夫よ。この人たちは味方になってくれる」

「ふむ。ではこの者たちに任せると。その責を負う器だと判断されたのですね」

「ええ。彼らは学生ですが既に騎士の魂を持っています」


 バリスタはしきりに頷いている。


「話が見えないのですが、俺たちに何か用事をお申しつけでしょうか?」

「そう思っているの。お願いできるかしら」


 テラの一言に俺は頷く。レイも不敵な笑みを浮かべ拳を握っていた。恐らく喧嘩ではないのだが、即そういう方向で情熱を燃やすこの男は何故か頼もしい。


 テラはフードとマントを取り素顔を見せてくれた。背中まで伸びた銀色の髪と銀色の瞳。その瞳に吸い込まれそうになる。そしてスマートとは言えない体形だが胸元は豊で目立っていた。服装はエプロンドレス、即ち使用人の服装なのだが平民には見えない。皇室や公爵家などの高位の貴族には、貴族の娘が給仕として仕えると聞いたことがある。上級貴族の娘が変装しているのか、それともそういった家に仕える貴族の娘かは分からない。ただ、その高貴なオーラは隠しようがなかった。


 そして彼女は椅子に腰かけ俺たちにも座るよう促す。

 バリスタが徐に話し始めた。


「僕の名はバリスタ。帝国軍で諜報関係の仕事をしている。詳しい身元は詮索しないで欲しい。そしてそちらのお嬢さんの身元にも関知しない事。この意味は分かるね」


 俺とレイは頷く。レイは緊張しているのか筋肉を強張らせ固まっていた。


「あまり緊張しないで欲しい。君たちは明日は休日だよね。そこでお願いがあるんだけどね」

「はい、二人とも特に任務は受けておりません」

「よろしい。アーネスト・グリークと言う人物を知っているかな」


 俺とレイは顔を見合わせる。知っているも何も、俺たちが通っているアルマ帝国軍士官学校の校長だ。しかも、アルマ帝国四大公爵家の一つ、クリーク家の当主である。帝国随一の大貴族だった。


「明日一日、と言うか今夜から明後日の明け方まで見張ってほしい。方法は任せるよ」

「見張るとは、何をすればよろしいのでしょうか?」


 俺の質問にバリスタは笑顔で応えてくれる。


「彼の部屋を監視して欲しい。知りたいのは誰と接触したかだ。外出した場合はその時刻だけ記録しておいてくれ。尾行する必要はない。我々はね。アーネスト・グリークが士官学校内の官舎に籠り、何か企んでいるとみている」

「ああ、なるほど。士官学校内なら俺たちは目立たないからと」

「そういう事だ。まあ、士官学校内は軍の治外法権地域みたいな場所だからね。頼んだよ」

「連絡はどうしますか?」

「僕が適当に顔を出すからね。その都度、状況を伝えてくれればいい」

「わかりました」

「これは前金だ」


 そう言って、俺たちに小さい金貨を一枚ずつくれた。クオーターゴールド。四分の一金貨だが学生の小遣いにしては少々値が良い。しかし、この街で遊ぶには心もとない金額でもある。


「私はバリスタに送ってもらいます。貴方たちは調査を開始してほしいの」

「お任せください」


 俺とレイは部屋の外へ出る。そこには露出の多い衣装の美女が二名、俺達を待っていた。彼女たちに手を引かれ店の中へと案内される。パブの中は多くの客と踊り子やウェイトレスで溢れていた。サンドイッチの入った包みを渡され、パブの中を横切って玄関から表に出る。俺とレイは二人の美女に抱きつかれ頬に熱いキスをされた。


「また来てね。たっぷりサービスしちゃうんだから」

「お触りは禁止ですよ。チュッ♡」


 体よく放り出された格好だがこれなら不自然ではない。美女の尻を撫でようと悪戦苦闘しているレイを引っ張り帰路に就いた。


 あの娼館の名前はバブルダンス。そして諜報関係のバリスタと言う男。そして四大公爵家の人間を今から監視する。

 俺の頭の中で情報が少しづつ繋がっていく。その、大それた依頼の意味に俺はやや戸惑っていた。


※金貨一枚……1ゴールドは約10万円。

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