【仮題】----或いは、6日目その1。若しくは何か良い題が浮かぶと良いのですが・・・。

 謎の少女は俺が一発で当てたフィギュアを頭上で掲げながら辺りを駆け回ったり、その場でくるくると回転したり、喜びを全身で表現した。俺はその様子を忙しなく視線で追いながら少女がゲーム台や他人とぶつかったりしやしないか、気が気じゃなかった。


「ところで魔術師である君はこの世界で何をしているの?」


 歓喜の舞にひとしきり付き合った後、ようやく落ち着いた少女に俺は問う。


「何を……しているのだろうな……」


 手元のフィギュアを弄びながら少女は自嘲気味な笑みを浮かべる。


「我が創造主は苦しんでおる。悲しんでおる」


 少女の回答は、回答とは呼べるものではなかった。その言葉の意味がわからず俺は言葉を探す。


「わからぬのだ。どうしてよいのか……。すべては我の所為なのに」


 俺の反応を待たず、少女は続ける。ようやく質問への回答らしき言葉が聞けたかと思ったが、やはりわからないことに変わりはなかった。


「君の言う創造主って、もしかしてミフユさんのこと?」


「創造主は創造主」


「創造主って言われてもな……」


 現実に起こっている連続傷害事件がミフユさんの小説によるものだとし、この少女もまた同じ因果関係でこのような奇怪な恰好でこの界隈をうろついているならば、ミフユさんが彼女の創造主と言えるのかもしれない。


「創造主は創造主。醸造酒は蒸留酒」


「…………。お酒になってるよ。それに醸造酒と蒸留酒は製法からして別物」


 いずれにしてもそれを確証できる何かがあるわけでもなく、取り敢えず俺は少女の間違いを正しておいた。


「こたびはまこと、すまなかったな……」


 突然少女は謝罪を口にする。様子を見る限りでは、先程までのテンションの上がりようとは打って変わり、心底申し訳なさそうに視線を伏せていた。


 当然、謝罪の意味はわからなかった。もしかして俺にガチャガチャ代を出させたことを今になって後ろめたく思っているのだろうか。だとしたら見掛けや口調によらず案外常識的かつ謙虚な人間性を持ち合わせているのかもしれない。


「憚らず申すならば、おぬしに何とかして欲しい。力を貸して欲しい」


「僕に……だって?」


「我にこんなことを宣う資格は毛ほどもないが、おぬしにはおぬし本来の役目があるのではないか?」


「役目……」


 何だろう……。まるでどこかのラノベの主人公が言われそうなセリフだ。もしかして本当に小説の設定が顕現したキャラクターなのだろうか。


「我の使命は魔のモノたちの脅威からこの世界の人間を守ること。だが、おぬしはおぬしで守るべき者たちがいる」


「誰を守れば良いって?」


「ホントはお主の責任なんかではないんだがな。でも、我には、我にとっては創造主が大事なんだ。悲しむ姿を見たくはないのだ。落ち込む姿を見たくはないのだ」


 最早俺の質問にはまともに答えてくれないようだ。と言うより、いまいち会話が成り立たない。


「わかったよ。いや、全然わからないけど……、でもわかった。できる限りのことはしてみるよ」


 俺が諦めてそう返すと、少女は儚げな笑みを浮かべて、こくりと頷いた。


「じゃあ、僕はもう行くね」


 俺はそう言って少女に背を向ける。


「ちょいと君ぃ、しばし待たれい」


 「おぬし」だったり「君」だったり、本当に口調が安定しない。そう思いつつ俺はまた少女の方へ向き直った。


「これを」


 少女は徐に魔法の杖(と彼女が主張する金属の棒状のガラクタ)を差し出す。えっと、レッド・フレイム……何だっけ?


「僕にくれるの?」


 少女はまたこくりと頷く。


「魔術師にとって大事なものじゃない?」


「杖がなくとも我が魔術師であることに変わりあるまい。肝心なのはそうであると信じる気持ち。たとえマヤカシであろうとも、己が瞳に映るものがやがては真実となる」


「そう」


 俺は少し考え、


「じゃあ、君みたいな子には危ないから預かっておく、ということで」


 そう言って魔法の杖ガラクタを少女から受け取った。


「子供扱いするでない」


 少女は視線を外して不満そうにそう漏らした。


 今度こそ少女に別れを告げ自動ドアをくぐる瞬間、離れたところで少女が呟いた声が微かに耳に入った。


「こたびはまこと、すまなかった」


 最後まで、その謝罪の意味はわからなかった。


 何はともあれ、奇怪なものを所持している俺は帰りの道中ずっと好奇の目に晒されることになった。





 自宅に着くと、しばらく杖の置き場に迷って右往左往し、最終的に冷蔵庫の脇に立て掛けた。暴発して火事になったりしないだろうか。そんなことを心配しながらも身体を動かす気力が残されていない俺はベッドに倒れ込む。


 そこでまた狙いすましたかのようにスマホに入るミフユさんの最新話投稿を知らせる表示。何だかどっと疲れた。さすがに今日は一睡もしないなんて無理そうだ。


 そう思いながらも懲りずについついその小説を開いてしまう。


 話はいきなり悪役の犯行シーンから始まった。場所は御茶ノ水、これまでで一番俺の自宅から距離が離れてはいるが、やはり同じく丸の内線沿線。


 ゆっくりと読み進めていくうちに画面をスクロールする指が徐々に震え始める。そして焦燥から先を急くように読み進め、途中から細かい描写を飛ばし飛ばしにしてしまっていた。


 一体何が疲れ切った俺をそうまでせたか。


 違ったからだ。


 ミフユさんの描く人の悪意のシーン、今回はこれまでとは決定的に違う点があった。


 これまで、被害者の女性に関する情報は極力伏せられた状態で書かれていた。それが今回に限っては妙に詳細な記述が盛り込まれている。


 被害者の女性が大塚に住んでいること、長い黒髪の持ち主、スカートから伸びる脚は黒のレギンスに包まれ、普段の趣味は小説の執筆、襲われる最中誰かに助け乞おうと取り出したスマホは花柄の手帳型ケースだった。


 間違いない。この作中の女性はミフユさんそのものだ。


 偶然ということはない。だってこれはミフユさんが書いている小説なのだから。明らかに故意で似せている。一体何の心算で。


 俺は深く考える前にベッドから起き上がると、そのまま先程脱いだばかりの靴に両足を突っ込み、きちんと履き切る前に部屋から飛び出た。


 ようやく思考が追い付いてきた頃には駅へ向かって全力で走っていた。


 電車に乗り来む頃には時刻は19時を回っていた。電車内で呼吸を整えながらも御茶ノ水までの移動時間がもどかしかった。


 外はすっかり日が落ちている。


 これまでの事件は二件とも深夜に発生している。真っ暗とはいえ、時刻的にはまだ深夜には程遠い。しかし確証はない。ミフユさんの作中では詳しい時刻記載がなく、単に「夜」としか書かれていない。前の二件が深夜だったからといって、今回も同じとは限らない。その確証がない以上、悠長に構えているわけにはいかなかった。


 そうこうしているうちに俺の乗る電車は御茶ノ水駅に到着した。体感ではかなりの時間を待たされたようだったが、時刻を確認すると5分程しか経過していなかった。


 電車を降りると駅は絶賛帰宅ラッシュ中で、会社務めの大人や制服姿の学生で込み合っていた。


 俺は間を縫うようにして人混みを脱し、駅周辺を足早に進む。なるべく人気の無さそうな方へ当たりを付けながら、前へ、前へ、ひたすら歩を進める。


 脳内に記憶の中の彼女のシルエットを焼きつけ、人目も憚らず視線を忙しなく左右に振り、時折電柱や放置自転車にぶつかりそうになりながらも一心不乱に歩き回った。


 ふとロングヘアの別人の女性を見掛けては立ち止まり、違うとわかるとまた不審者丸出しの挙動で徘徊を続けた。


 30分、1時間と時間が過ぎ、捜索範囲はとっくに駅前とは言えない場所まで来てしまっていた。俺は来た道を戻るようにして辺りを見回しながら駅まで辿り着くと休む間もなく、往復を開始した。


 脳内麻薬でも出ているのだろうか、普段運動なんて全くしないにも関わらず、俺は一度の休憩も挟まないまま、気が付けば実に3時間以上も歩き続けていた。


 しかし身体には着実にその影響が出ており、両脚は痛むし、胸の辺りも締め付けられるように苦しい。夜の目も寝ずに行動し続けた俺に限界の二文字が見え始めていた。


 それからもふらふらになりながら歩き続け、何往復目かの駅前でついにその足は止まる。あれだけ賑わっていた駅前はすっかり寂しくなっていた。


 改札の向こうに見える電光掲示板には残り3本で最終電車であることが示されていた。


 今日はこれまでだろうか。いやしかし、これまでの事件はそれこそ電車のなくなった深夜に起こっている。


 もしここで俺が諦めて去った後に彼女の身に何かあったら……。


 そう考えると俺は言い知れぬ恐怖で一杯になった。怖気をふるうように身体の下の方から頭に向かってぞわぞわと痺れる感覚。


 そもそも俺の所為で……こんな……、そんなことになったら、俺は……俺は……。


 俺の中で恐怖と何とも評し難い感情の渦巻きが大きくなり、ついには耐え切れず、堰を切る。その奔流とも言える感情の波は声となって表に溢れ出た。気が付けば俺は、人目も憚らず、叫んでいた。


「ミフユさんっ!!」


「はい」


 直後に背後から聞こえる声。酸欠気味でぼんやりとする頭に刺さるような、透き通った女性の声。


 幻聴にしては明瞭としている。俺の頭は依然として混乱したままだった。

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