【仮題】間話その2の2
翌日。日曜日。
それからの俺は部屋でごろごろしたり、適当にyoutubeを見たり、小説を書こうと思って原稿を広げ、やはりやめたりと、有体に言えばいつも通りの何ら生産性のないニートタイムを過ごしていた。
ニートの俺に悩み事があるからといってその生活が変わるわけもなし。
一つ、強いて挙げるならば、いたずらに気分転換の外出ができなくなってしまったことだろう。不用心に外を出歩いてミフユさんと遭遇することだけは避けたかった。
従って必然と食料の買い出しは深夜の時間帯に行くことになる。
堕ちるところまで堕ちたニートという身分の中にカースト制度のようなピラミッドがある筈もないが、小説も書かず、日中外出もしないニートは、俺の中ですっかりランクの下がった位置付けになってしまっていた。
その日は結局、駅前の牛丼屋で食料を調達し、ついでにコンビニに寄って数日分の水分を購入すると、そのまま自宅へ戻った。
デスクに着くと購入したばかりの牛丼とペットボトルのお茶を広げる。
自宅と駅前までの僅かな距離を往復しただけにも関わらず、変に神経を擦り減らしてしまった気がした。
だが、昨日と比べると幾分か心に余裕というか、約束をすっぽかしたことに対する罪悪感が薄れ、多少の考え事ができるくらいのスペースは空いていた。やはり当日と違って日を跨いだのは精神的に大きい。
考えることは当然、何故あの暴露事件を引き起こした張本人である彼女は積極的に俺と接触を図ろうとするのか、だ。
彼女がカクヨム内での俺のことを知った理由はわかった。ならば純粋に小説を教わる為だとも考えられる。一方的に気味悪がっているのは俺の方で、昨日考えた通り彼女が俺の不登校になった理由を自身の所為だと気付いていない可能性はある。
ならば、あの時偶然出会って嬉しさから思わず話し掛けてきたというのも自然な流れだ。席位置の問題の件は確かにあるが、あれも俺の考え過ぎというだけのことかもしれない。そう、俺みたいに奥の方の席を探しに来てたまたま偶然ってことだってあり得る。むしろ自分のとった行動と同じ行動を他人がとってそちらだけを訝しむのは勝手が過ぎる。
たまたま偶然。そんなエクスキューズが許されるならば、もう大半のことが何ら無理のないことだと思えてきた。
そこまで考えるとせっかく薄れてくれていた罪悪感が少し濃くなった。
本当に純粋な理由だけなのだとしたら、どうしよう。カクヨムの小説投稿まで活用して俺の身を案じてくれていた彼女に、どう顔向けすれば良い。今からでも返信の書き込みをした方が良いだろうか。
とりあえず、こんな時間からではどうすることもできない。
俺は思い出したかのように止まっていた箸で残りの牛丼をかき込んだ。もうすっかり冷たくなっていた。
さらに翌日。月曜日。
俺は日中からデスクのPCに向かっていた。
立ち上げたPC画面にはカクヨムサイトではなく、Googleマップ。中心地には俺がかつて通っていた高校の所在地。マップ内の検索欄にカーソルを合わせ、入力を半角英数からひらがなに切り替える。
昨日までのことで居ても立ってもいられない俺はとある行動に移った。
ミフユさんの大半の行動が何ら不思議ではないことだと仮定すると、俺の中に残された気になる点はもうこれしかなかった。
何故。
何故、彼女はファンタジー小説を書きたいのか。
何故、それを教わる相手が俺なのか。
そう理由だ。
これらをミフユさん本人に質問したところで的を得た回答が返ってこないのは、経験済みなので、ここから再度問い詰めることは難しそうだ。俺の度量的に。
無論〝何故、教わる相手が俺なのか〟については、それこそ偶然あの時出会ったからとも言える。そう、〝たまたま偶然〟。それに自分の実力は自分が良くわかっている。それだけに考えたところで確信の持てる回答に行き付ける自信がない。そうなると必然的にまず掘り下げるべきは彼女がファンタジー小説を書きたい理由の方だ。
それを知ったからといってどうなるということはない。
ただ、彼女は真っ当な理由でファンタジー小説の執筆を志し、学ぼうとしている。その確信が得られれば良かった。いや、単にその痕跡というか、少なくとも何かが垣間見えるだけでも良い。
楽観的な考えを楽観的なまま確定させたかっただけなのかもしれない。彼女と再度会うにあたって安心材料を得たいという臆病者の考えだ。
あれだけ熱烈だった彼女の奇妙さに対する興味は、彼女があの暴露事件の当事者だったと気付いた瞬間に霧散して綺麗さっぱりなくなっていた。
全く以て自分勝手な考えだ。怖いもの見たさとか言いながら奇妙な女性との数奇な出来事と推理の紛い事に酔っていただけで、都合が悪いと察すればたちまち踵を返す。
何はともあれ、ミフユさんに対して彼女がファンタジー小説の執筆を志すに至った〝それらしい〟理由を欲する俺は今得られている情報を元に出来得る限り調べてみようと思い至ったのだ。当初の目的とは異なるとはいえ、傍から見れば未だ推理気取りに酔うのイタい人間と見られても仕方がない。
得られている情報は少ない。
まず、彼女がファンタジーというジャンル小説を書くのはどこかの誰かの為。これは大方間違ってはいないだろう。以前何故そのジャンルを選んだのか尋ねた時の回答の口ぶりからしてもそれが自然だ。
彼女に小説を読ませたい特定の相手がいると仮定し、俺は思考を進めた。
彼女の話から抽出した彼女に繋がりがありそうな人間の情報、すぐに思い出したのは部活動について問い掛けた時に出て来た〝演劇部の友人〟、そして水族館デートの時に遭遇した彼女の〝先輩らしき女性〟。
しかし、そこまで考えたところ俺は頭を振る。その二人のいずれかの為にミフユさんが小説を執筆していると考えるのはあまりにも都合が良すぎる。確信とまではいかないいかに俺に都合の良い〝可能性〟というようなものを欲しているとはいえ、単に「存在を知った」というだけのことをその可能性に含めてしまうのはあまりに強引だ。それが許されるならばもう何でもアリになってしまう。当然だが、ただ俺がまだ情報として知らないというだけの彼女の知り合いはたくさんいるだろう。
それは最早自分に都合の良い憶測というより、〝考えていない〟に等しい。
それに偏見だが水族館の時の先輩らしき女性はあまりああいったジャンルが好きそうなタイプには見えなかったし、演劇部の友人に関しては容姿すらわからない。
そうだ、水族館といえば……。
早速行き詰まり掛けた俺の思考にもう一人、彼女の口から出た人物の情報が浮かんだ。性別も、関係性すらもわからない一人の人物。
彼女はあの日館内の物販コーナーでぬいぐるみを購入していた。そしてあの時俺はそのぬいぐるみを「入院中の知り合いの為に購入した」と推測を立てた筈だ。
入院中…………。憶測の域を出ないという点では先に挙げた二名と左程変わらないのかもしれない。
だがここに来て初めて〝それらしい〟理由を見つけられた気がした。
入院中ならば、本を差し入れることは至極真っ当だからだ。
前置きが長くなったが、かくして俺はPCでGoogleマップを開いている。
マップ内の検索窓にはシンプルに「病院」と打ち込んだ。高校を中心地に選択したのはその知り合いが同級生と踏んでのことだが、ミフユさん自身住まいは大塚ということなのでいずれにしてもこの近辺から調べるべきだろう。まあ、中学と違い高校は電車通学の生徒が多いのでかなり遠方から登下校している者もいるだろうが。それでもやるだけやってみよう、そう思った。それに今は何か没頭できるものがなければ落ち着かなかった。
文字を打ち込んですぐに十字の病院マークが付いた無数の赤いピンがマップ上に突き刺さる。
パッと見た感じ、特定の地域に密集している感じではなく広範囲にばらけている。しいて言えば新宿方面は比較的多いようだ。
まず一番学校に近い病院の位置でクリックすると病院の外観写真と共に電話番号が表示される。俺はその外観写真から入院できるくらいの規模の病院だとあたりを付けると、スマホからその病院に電話を掛けた。
電話に出た受付には以前まで通っていた高校名と自分がその関係者であること、そしてその高校の生徒で入院している者がいないかを尋ねた。いないとわかると簡単なお礼と共に適当に電話を切り、次の病院に掛ける。それを繰り返していった。
最初こそ多少の緊張はあったが、案外大丈夫だとわかると次第に慣れ、しまいにはほぼ無感情で作業を進めることができた。
俺の目論見はこうだ、まず手当たり次第こうして尋ねて回り、俺やミフユさんの通っていた高校の生徒が入院している病院を見つけることができたなら、何とかして面会まで漕ぎ着ける。そうすればその入院患者がミフユさんと繋がりのある人物かどうかわかる筈だ。何故ならもし仮にミフユさんと繋がりがある人物ならば、あの時水族館で購入したカエルのぬいぐるみが病室のどこかに飾られている筈なのだから。あの安定感抜群でどこかに転がって行ってしまう心配のないぬいぐるみが。
大いに短絡的であり、思慮の浅い行動であることはわかっている。
目的の病院がこの付近だとは限らない。
ミフユさんに入院中の知り合いがいるかというのも俺の勝手な推測だ。
そもそもいたしても、その人物がミフユさんが小説を読ませようとしている相手という確証もない。
ただ、やはり、俺は可能性が欲しかった。
幾度か当てが外れ続け、丁度警戒が薄れ始めた頃のコールで俺は受付の女性から期待に近い回答を得ることができた。
その病院はミフユさんの住む大塚にある総合病院。外観からしてそこそこの規模だ。
『えっと、今はその学校の生徒さんで入院している方はいませんね……』
受付の女性はそう前置きしながらも言葉を続ける。
『でも最近退院された女の子が確かその学校に通っていたかと思いますけど』
俺は極力平静を装って、その女の子の名前を尋ねる。しかし怪しまれてしまったのか、電話の向こうで女性はしばし口を噤んだ。
『…………あの、失礼ですが、どなたかお知り合いをお探し……でしょうか?』
そして数秒間の無言の後、反対にそう聞き返されてしまった。まあ当然か。いかに関係者だと主張しようとも電話口ではどうとでも言える。それにいきなりの電話で頭からこんな聞き方をしてこられるのはやはり不審だろう。
ここまでか。
俺はどうすることもできず、諦めと同時に適当に話を流そうと頭に浮かんだ名を口にした。
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