第8話神はヴィランを救いはしない

脱獄ものと言えば

壁をスプーンで掘ったり

地面をスプーンで掘ったり

背中に地図のタトゥーを彫ったりと

色々浮かぶ。


「3日でスプーンは無理だし

タトゥーは最初から準備しないとだし

もっと他の方法を考えるしか無いな…」


僕は食堂のド真ん中でブツブツと

オートミールを刑務所に見立てて

脱獄作戦を練っていた。

ついいつもの様な言葉で独り言を

言ってしまい、しまった!と周りに

聞かれて無いか確認するが


「やややや、やべえよジャックの奴

オートミールになんか喋りかけてるよ…

狂ってやがる…」


「ききき、きっとあのオートミールに呪いでもかけてるんだ、今日この街の誰かがオートミールを食って死ぬんだ…」


と自分の半径30メートルにバリアーか

何かが張ってあるんじゃないかと

思われる様にみんなが近づいてこない。

最近ちょっとさみしいポイントでもある。




「うっへーやりい♪

ここめっちゃ空いてるじゃん!」



調子のいい軽そうなノリで

一つ席を空けて隣に座る男は

ライトニングさんだ。

どうやら僕が隣だと気づいていないらしい。


そういえばと

ライトニングさんの首輪をみる。

ライトニングさんは

異能力を抑える首輪をつけられているため

今はただのおにいさんだが

実際は雷を操り電光石火が如く走れる

ヴィランだ。

うまく使えば電気機器だって

ショートさせれる。チートヴィランなのだ。

(本人が宝の持ち腐れなだけで)


首輪を解除して仲間にすれば

脱獄面は一気に楽になる。


ただし相手はヴィラン。

首輪を解除した瞬間

ラッキーと逃げられる可能性がある。


助けて貰ったからこちらもお礼に

なんてものはヴィランには通じない。

むしろ囮に使われる可能性もある。


しかも万引き常習犯という

その日楽しければいいというクソっぷり


逃げられない恐怖か、一緒に居たいと思う

メリットが必要だ。


こちらが提供できるメリットと言えば

安全な潜伏先か。


とにかく仲間にするのは必須。




だけど…



「ひーん オートミールまず〜い

早く脱走して食べ放題バイキングを

タダで食べたーい〜〜

なぁ、あんたもそう思うだろ…?」



ライトニングさんがようやく

隣にいるのが僕だと気づき

スプーンが手からこぼれおちて

から〜ん…と食堂内で響く…。



「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!」


「すみませんでしたッッ!!!

敬語つかわなくてすみませんでしたッ!!

殺さないで!!!!!!」



殺さないよ!!!!!むしろ!!!

仲間に!!なって!!ください!!

マジでお願いします!!




そんな気持ちを伝えたくても

ジャックである自分じゃ逆効果だ。

ああ、もっと素直なヴィランの顔として

異世界転移出来たら楽だったのに!!

ジャックのおばか!めんどくさいぞ!


とついつい愚痴ってしまうと

気づけばライトニングさんは

オートミールをかっこんで逃げるように

食堂から出て行く。



まずはちゃんと

会話する場を設けなければ!!

仲間どころじゃない!!!!








「どうじよう〜あのジャックに

めっちゃ馴れ馴れしく喋りかけちゃった…

ごろされる…だって同じ部屋だもん

今夜で俺の人生バッドエンドなんだ

俺なんも悪いことしてないのに

やだ〜〜〜〜っ昼休み終わらないで〜〜

終わらないで〜〜」



ライトニングは食堂の隅っこで

ひんひん泣きながらオートミールをつつくと

男達がライトニングの周りにやってくる。


「よお、ライトニング今日も「アレ」くるだろ?今日は野球と猫の日だ」

「「アレ」か!丁度いい…どうせ死ぬんだ

全部捧げてやるぜ…」

「ん?死ぬ?」

「あ、あ、いや別に?」




何かライトニングがコソコソ話してるのが

聞こえる。重要な事は聞き逃してはいけない

聞き耳をたてるが耳にフサリと何かくすぐったいものを感じる


「ふさり…?」

隣をみると茶色のふわふわな毛に覆われた

丸い耳が目の前に現れる。

自分より身長がものすごく低い

熊の耳が生えた女の子だ。



その女の子は僕を一切恐れず

僕のご飯を一口つまんで

ほおづえをつきながら

耳をぴこぴこさせている。


「コラーッ!クイーンバレルといい

すーぐ男子房に入って来おって!

ガキはさっさと飯食ったら寝ろ!」


「ガキ…?」


ザワッ!!

1人の看守の「ガキ」と言う言葉に

周りの囚人も看守も僕もざわつく。


その看守は新人だったらしく

もう1人の看守がやめておけと止めるが


新人君は「ガキ」相手に何ビビってんですか!そんなんだから舐められるんすよと笑う。


気づけば新人看守くんの顔に

小さな少女の拳がめり込み


そのまま壁にめり込むことに

なってしまった。


少女は耳をぴこぴこさせながら

目が笑ってるようで笑ってない。


「こちとら好きで少女やっとらんのじゃ

ボケコラカスぅう!!!

わけわからん熊の遺伝子いれられへんかったらのう!いれられへんかったらのう!!!!

今頃ボンキュッボンでかわええおなご

侍らせとったっちゅーねん!!

ボケがアああああああああッ!」


小さく可愛い見た目にキレたら

笑いながらキレる彼女は

実はクイーンバレルちゃんより

一つ上の19歳。


だけど幼少期熊の遺伝子を入れられたことで

熊人間と化し何故か成長も止まってしまっている。


そんな彼女の名前は



怪熊 ストロングベアー


脳筋集…

戦闘狂人バーサーカーズの頭領だ


熊化を抑える為に首輪は付いて

パワーは減ってはいるものを

結局彼女一人に看守10人で

押さえつけることになった。


ストロングベアーは連れていかれる

去り際にここにきた要件を思い出したようで僕に向かってこう叫んで帰る


「ジャック!よーくきけえ!クイーンバレルを幸せに出来るのは私だけだから!

そこんとこヨロシク!」



ストロングベアーは

クイーンバレルちゃんが大好き。



それを言う為だけに来たのか…

ある意味5大ヴィラン組織の

トップの一人だなあ…。







アンダー刑務所では

みんなでテレビを見る時間が

昼と夜で二回ある。


ヒーロー達の活躍をピックアップする番組は

当初犯罪率低下を狙ってメインで流されていたが

殺意が高まったとか、こいつらの顔を歪ませたいとか、戦い方のイメトレになったとかで

犯罪率がぐんぐん上がってしまったので


今は発散できるスポーツ番組や猫番組が

メインに流されている。この街でヴィランをする人は 意識高い系か、何も考えてない系しかいない。極端。




昼は野球の試合だった。

ライトニングさんは僕に近づかないように

コソコソしつつ

何人かと集まってヒソヒソ話をしている。


何をしてるんだろうか?

そう考えるうちに野球の試合が始まった。


アンダースワローテイルズは

アンダーシティの野球球団だ

ヒーロービジネスに力をいれてるせいで

結構弱い。というよりめちゃくちゃ弱い。





でも僕からしたらこの世界の街で生きる人達が野球をしてるってだけで胸が熱い。

がんばれ!!



「がんばれるぇええええっ!!!!

スーわッろーてっイルズ!!!!!」


「うるさいぞ!ライトニング!!!」


ライトニングさん凄い応援だ…

まるでここが球場の最前列のように

思わせる熱すぎる応援。


ライトニングさん

野球ファンだったのか…知らなかったな…。


枯れるまで声を出すライトニングさん。

なんだか見てるだけでこっちまで

胸が熱くなる。



だが悲しくもアンダースワローテイルズは

一点も取れぬまま敗北した。



みんな最初からわかっていた結末だった。

奇跡を信じた時もあったが

奇跡は起きなかった。



ライトニングさんはそれを見届けると

ぼろぼろと大粒の涙を流し

膝から崩れ落ちた。


「神は…ヴィランを

救いはしない…ッ…!!」


まるで死に際の台詞の様に悲痛な声で

叫ぶライトニングさん。


本当に好きなんだな…野球が…

いや、もしかしたら

この街が、あの球団が

好きなのかもしれない…。


アンダーシティは良くも悪くも

汚れている。綺麗な場所はライトニングさんや僕らを排除するが、この街は僕らを受け入れる。上が腐りきってるからかもしれない。



看守ですら賄賂で黙ってる人も

いたくらいなんだから。



そんな中でライトニングさんは

スポーツマン精神を持って

正々堂々と戦うアンダースワローテイルズに

煌めきを感じているのかもしれない。


自分の心の弱さでヴィランになってしまった

ライトニングさんからしたら

彼らが負けても戦う姿を見るのは

本当は強いヒーローでありたかったか

普通の人間として生きる

勇気を貰いたかったのかもしれない…。







休憩時間の5分間点呼も含めて牢に戻るが

ライトニングさんはあまりにものショックに

部屋の隅にうずくまっていた。


僕は少し彼を見誤っていた可能性がある。

彼の首輪を解除して人生をやり直せるよう

バックアップすると言えば

裏切ることもなく助けてくれるかもしれない。



「ライトニング」


僕は声をかける。


ライトニングは振り向きたくないようで

震えている。


「取引しねえか…?」


「とり…ひき?」


震えながらもこちらを振り向くライトニング


「そうさ、脱獄、したくねえか?

その首輪を取ってやるから

俺に1日だけ従え、そしたら

おまえの望みを叶えれる範囲内なら

なんでも叶えてやる、モチロン殺さない

商売相手だからなあ?」


「何でも…??」


「ああ、そうさ

例えばそうだなぁ…お前が一般人として…」








「博打で負けた金!!

チャラにできますか!?!?!?」






…え?





「へへっ…いやあ…お恥ずかしい限りなんですが…先程野球あったでしょ?

アレで俺、野球賭博したんすよ…へへ…」



野球賭博という言葉に僕は硬直する




「スワローテイルズは大穴で…

当たればもう一年は楽に暮らせますし??

みんな外に通帳係とかいて賭けてて…

でも俺そういう繋がりなかったんで

まあいたとしても金ないんすけどwwww」


だめだ…


「だから、お金貸してもらってー的な?

しかもジャックさんにマジ今日殺されると思ったんで限度額いっぱいの300万ルド!

(日本円で300万円)

今まで頑張った自分への

ご褒美というーーがぶっ!!」



僕は気づいたら

ライトニングの顎を掴んでいた。



「誰に借金したんだぁ…?」

「すとろんふべあのぶかでひゅ」


めきりと音が鳴る


「聞きとれねえよ、クソ野郎」

「あごつかんへるんすはら〜wwww」

「ストロングベアーの部下か…」

「きこへてるんひゃないっひゅか」


…面倒くさいことになったが

これはチャンスかもしれない。

チャンスと思うしかやってられない!


「ストロングベアー組は

金を返さないお前から必ず搾り取るぞ?

奴らは脳筋だから

すぐ身体をバラバラにされちまうなぁ?」


「ひっ」


「更に異能力持ちだ

お前の心臓は高く売れるだろうよ」


「ヒーッ!!」


「生きたいなら、俺に従えライトニング」


手に力を入れて近づく。


「お前が俺の奴隷のうちは、アイツらから

お前を守ってやる…

従順な奴隷のうちは…な?」



耳元で囁くように命令を刷り込む


段々とこの恥ずかしいジャックノリにも

慣れてきている自分がいる。




ライトニングはゆっくりコクリと頷いて

何度も頷いた。




まずは仲間を1人ゲット!

おつかれ自分!偉いぞ!!





次はライトニングの首輪を外して

異能力を解放する鍵だ。



鍵は看守長室にあるという。

面会の時に黙ってくれた看守を

利用出来ないだろうか?



そんなことを考えていると

突然遠くで叫び声が聞こえた。



ざわざわと囚人達は何があった?と

野次馬らしく煽り立てる。





嫌な予感がした。







「看守が殺されたらしい。」







看守が、殺された。誰かはわからない。

だけど僕の中では

1人の看守の姿が浮かび

違ってくれ、違う看守であってくれと

神様に祈ってしまう。

この時は忘れていたのだ。










神はヴィランを救いはしないと。

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