第3話:ゲーム画面から出て来た女の子が期待と違った話(前編)
「もう1回言ってくれ」
「だから、アキラの家でゲーム遊んでたら画面から女の子が出て来たんだけど、なんか期待してたのと違ったんだ」
大学の授業が終わったので家に帰ろうとバス停へ向かっていたところを友人のコータローに呼びとめられた……と思ったら、いきなり意味不明な供述が始まった。
「やっぱり色々期待しちゃうでしょ? ある意味ゲーム遊んでるモテない男たちの夢みたいなものだしね。ところがどっこい」
「ちょっと待って。色々言いたいことはあるが、まずはお前がモテないってのは嘘だろ」
コータローの高い身長と長い手足、それに遠目には女性にしか見えない整った顔立ちをにらむ。男の俺から見ても間違いなくカッコいい、というか美しい。恥ずかしいので言葉に出してまでは言わないが。
「ごめん、そうだね。僕は単に3次元の女の子に興味がないだけだからちょっと違うかも。まあ、そんなことはどうでもいいや。とにかくこのあいだアキラの家でいつもの面子で遊んでたら、まあ、色々あって、ゲーム画面から女の子が出て来たんだけど、なんか期待してたのと違ったんだ」
端折り過ぎだろ。
「いや、その色々あっての部分が重要だろ……それより何が期待と違ったんだよ。まさか本当に2次元状態の美少女が出てきちゃったとかじゃないよな」
「パラッパ・ラッパーかウンジャマ・ラミーみたいにペラッペラの? うん、違うよ。あんなボタン連打で高得点とれちゃうようなエセリズムゲーとは全然違う。ちゃんと3次元の美少女が出て来た」
「じゃあ、なんだ、お約束の『なぜか主人公に惚れてる』状態じゃないとか? そもそも惚れてるほうがおかしいんだけど」
「うーん……ある意味、それも違うかな。少なくとも敵意は持ってないし、むしろ好かれてる気がする。ああ、僕はあまり好かれてないかな。アキラとショウジのほうが警戒されてないみたい。ショウジが一番好かれてるかも」
マジか。あの無愛想を絵に描いたようなショウジが? 同じ日本人の俺でもまともに会話も成り立たないほど口数も少ないのに、一体どんな美少女なんだ。
「もしかしてゲーム内のセリフしか繰り返さないとか?」
「それなんだけど、何言ってるのか分からないんだよね。それが一番の問題かも」
「オリジナルの言語をしゃべるキャラってことか」
「いや……うーん、そうなのかもしれないんだけど、ゲーム内のセリフを繰り返してるかどうかも分からないんだ。何しろ……」
ここでコータローが足を止めた。つられて立ち止まる。
「まあ、いいや。自分で見てもらったほうが早いだろうし」
気がつくとすでにアキラの下宿先の前だった。
各階に3つずつ部屋がある2階建てのアパートで、家賃は3万円。
東京都の23区外とはいえ中央特快が停まる駅から歩いて15分という立地を考えれば破格の安さだ。
もちろんその安さには理由がある。築40年、トイレは和式、風呂はなしで洗濯機置き場は外。女子大生が選ばない要素を上から順に詰め込んだような物件だ。さらに、エアコンがついていないにも関わらずすぐ裏手にある川と竹藪のせいで夏は蚊が大量に湧いて出る。
親からの仕送りの大半をゲームにつぎ込むアキラみたいな学生でもなければ住もうとは思うまい。
「そのゲームにかける情熱が色々引き寄せてるのかもなあ」
「なんか言った?」
「いや、いいから入ろう。とっとと帰りたい」
そもそもなんで俺が呼ばれたのかもよく分からない。
失礼します、と心のこもってない挨拶を発しつつ玄関に脱ぎ散らかされた靴のあいだに無理やり隙間を作り、自分の靴をねじ込む。対してコータローは足元も見ずに靴を脱ぎ捨てると先に奥へと入っていった。
コータローがコンロ1つと流しのある台所の前をたった2歩で通り過ぎたのはその足が長いからでもあるし、単にここが狭いからでもある。俺が靴を脱ぎ終えて上がったときには、もうコータローは台所と4畳半を隔てる引き戸を開いていた。
「ただいまー」
室内にきょろきょろと視線を彷徨わせたあと、こう付け加える。
「あれ? アキラは?」
「出かけた」
見りゃ分かるだろ、とばかりに不機嫌そうな返事が聞こえる。コータローに続いて部屋に上がると、部屋に座り込んでいるショウジの頭が下に見えた。背の高いコータローと比べるとそのぼさぼさの頭は立ち上がったとしても頭2つ分近く小さい。下手したら中学生くらいにしか見えないが、実は二浪しているので同級生ながらすでに二十歳を越えており、仲間内で唯一の喫煙者だったりする。二十歳前から吸っていたのかどうかは知らない。ただでさえまともに会話が成り立たないのに、そんな細かい話なんてしたことがあるわけがない。
そのショウジの手を握ったまま立っている女の子がいた。
薄い土色をした流れるような髪の毛に真白い肌をした美しい少女だった。白いワンピースを着た彼女は、怯えた様子もなくただぼんやりと立っている。
「ああ、なるほど」
彼女の姿を目の当たりにして、コータローの言っていたことをようやく理解した。コータローは一度も期待外れとは言わなかった。期待していたのと違ったと言ったのだ。
「コージにもなんとなく分かってもらえたと思うんだけど」
「ああ、うん、なんとなく分かった」
目の前の少女はどこからどう見ても西欧系の女の子だった。確かにそんじょそこらじゃ見かけない綺麗な子だったが、それだけだ。
羽が生えているわけでもなく、巨大な剣を振りまわすわけでもない。妖精やモンスターを操る様子もなかった。ゲームのキャラクターが現実世界に来たことを感じさせてくれるような心躍る要素が一切なかったのだ。
ぶっちゃけ、ただの迷子の外国人にしか見えない。
「この子、ずっとここにいたのか」
「ううん、ゲーム画面から出て来たのは1週間くらい前かなあ。アキラの家に置いとくと健康に悪そうだからってんで、とりあえずショウジの家に連れてってもらったんだけど、今日は元の世界に帰すヒントを探すためとコージに会わせようと思ってさ、連れて来てもらった」
「普通に街中を連れて歩いたのか」
座ったままのショウジに驚きの目を向ける。正直、あまり子供と上手くやっていけるタイプには見えなかった。俺の意外そうな視線にいつものような不機嫌な顔を見せるのかと思いきや、珍しくとまどった様子だった。
「ついてくんだよ」
「そうそう。なぜかアキラでも僕でもなくショウジに懐いたんだよね。なんでだろ。背が低いからかな」
「逆だろ」
ちなみにこの言葉は、自分の背が低いのではなくコータローの背がデカすぎるのだ、という意味だ。最近、ようやく分かるようになってきた。
「ショウジとは話すの?」
「うーん、どう言ったらいいんだろ。ショウジには話しかけてくるんだけど何語か分からないだよね。ゲームだったら字幕が出てくれるのかもしれないんだけど」
コータローのその言葉でようやく一番聞きたかったことを思い出した。
「そうだ、そもそもどのゲームから出て来たんだよ、この子」
「は?」
座ったままのショウジが馬鹿を見る目で俺を見上げた。
いや、ちょっと待て。なんで俺がそんな目で見られるんだ? 至極当然な問いだと思うんだけど。
心外そうな顔をする俺を見て、コータローが慌てて割って入った。
「ごめん、そうそう、そうだった。コージにはまだ言ってなかったね。わざわざ来てもらったのはそれなんだよ。まさにそれ」
コータローは怖がらせないように気を遣ってか、少女と少し距離をとるように腰を下ろすと俺を見上げて微笑んだ。
「コージに、この子がどのゲームから出て来たのか教えて欲しいんだ」
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