第2話:ミケさんがバイク乗りに憤る話
例によって大学帰りにそのまま大学の近くに下宿しているアキラの部屋に上がり込んでゲームを遊んでいたときだ。大魔界村を延々とコンテニューしながら進めていると、部屋の隅でひざにノートパソコンを乗せてネットサーフィンをしていたアキラがいきなり大声で笑いだした。
騎士アーサーが水晶の洞窟でゾンビたちに槍を投げつけている画面から目を離さずに礼儀として一応聞いてみる。
「どしたん」
「コージもバイク乗るんだっけ」
コージというのは俺のことだ。名前が
ちなみにアキラの紹介で会った友人のショウジとコータローにも(おそらくはアキラのせいで)初対面時からコージと呼ばれている。
下手したら3人とも未だに俺の名字を綾野だと思ってるんじゃないか、とか思いながら相手の質問に答えた。
「乗ってるよ。250ccだけど」
別に250ccであることに引け目を感じる必要はないのだが、どうしても大型免許が必要になるラインである400ccより上か下かで「強いか、弱いか」みたいな切り分け方をしてしまう。あまり良くないとは思ってる。
「ちょっとこれ読んでみてよ、感想聞きてえ」
めんどくさいな、と思いつつもいつも家にお邪魔させてもらってる上に週に3回は泊まり込んでる身としてはむげにもしづらい。
安全確保のために地面から生えている巨大な手をした敵に槍を数発投げ込んで破壊してからスタートボタンでゲームをポーズする。
その後、足元に転がっている雑誌やらゲームソフトやらを踏まないとように細心の注意を払いながらアキラのいる壁際に向かった。
「どんだけあるのよ、その話。カクヨムとかの全100話超とかだったらいやなんだけど」
「安心しろ、めっちゃ短いから」
「それはありがとう」
本音と嫌みを半分ずつ混ぜた言葉を返しつつ、壁際に立てかけてあった馬鹿デカい青い宇宙人のぬいぐるみをそのまま座布団がわりにして腰をおろす。そして受け取ったノートパソコンの画面に目を向けた。1画面に収まる程度のそれはこんな内容だった。
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ある男子と女子がバイクで出かけてると…
彼女が「スピードが速いよ。スピード落として!!」
彼氏が「なに、怖いの??」
彼女が「すごく怖いスピード落として」
彼氏が「OK、でも愛してるって言ったらね!!」
彼女が「愛してる、愛してるだから今すぐスピード落として!!」
彼氏が「もちろん、でも強く抱きしめて、一度もしたことのない強さで抱きしめて…」
びっくりしてる彼女は言われたとうりにして言った。 彼女が「お願い今すぐスピード落として!!」
彼氏が「わかった、でも俺のヘルメットを取って お前がかぶったらな」
彼女は彼氏のヘルメットをかぶった
彼女はまた言った
彼女が「スピード落として!!!」
次の朝のニュースで
昨日の夜に若い男女がバイクで事故に合いました 。
二人うち一人が亡くなったこと
その前に彼のこと話そう
彼氏が「ただ彼女が助かって欲しかった…」
彼は気付いてた
彼女にスピード落として、と言われる前から
バイクのブレーキがきかないことを…
それで彼は彼女に頼んだ 愛してるって言って
そして抱きしめて欲しいことを
彼はこれが最後になることを知ってたから
そして彼女にヘルメットかぶらせて助けたかった
自分の命を犠牲にして
同じことをしますか?
大切な人がいなくなるまで待たないで
そして自分にとってとても大切な人だと伝えなく なるまえに
今日誰かを幸せにしてください
ここで終わりです
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「何これ」
「どう思った?」
どうと言われても困る。
「いや、これネタなのか、本気で書いてるのか、それ次第なんだけど」
「じゃあ本気で書いてると仮定してどう思うよ」
そのときこの部屋に住みついている三毛猫のミケさんが俺のひざにあがってきて画面をのぞきこんだ。胸に浮かんだ複雑な感想をどう言葉にしようか迷っているあいだに、ミケさんも話を読み終えたようだった。
「ん? よくあるいい話のたぐいじゃないか? ケータイ小説ってのか? 文章力はさておき、短くまとまってるし、言いたいことも分かるし、問題ないんじゃないか?」
なお言い忘れていたがミケさんはなぜか人語を解する。その背景については長い話になるのでまたいつか別の機会に説明する。
それより俺はその感想に絶句した。
「ミケさん、本気で言ってる?」
「な? な? バイク乗らない人間から見るとこうなるらしいぜ」
俺の戸惑う声にアキラがめちゃくちゃ嬉しそうにミケさん頬をグリグリとつつく。
ミケさんは人間じゃないけどな、という重箱の隅をつつくような発言は時間の無駄なのでしなかった。むしろアキラの言葉にうなずいてしまった。そうか、感動的な話に見えるのか。
「面白いな」
ミケさんは俺のひざの上に器用に座りながら俺とアキラの顔を交互に見やった。猫の表情は分かりづらいが、どことなく不機嫌そうだった。
「なんだ、気持ち悪いな。バイク乗ってない奴らはこれだから、みたいな選民思想が垣間見えるぞ」
「いやいや、そういうレベルじゃないでしょ、これ」
「そうは言うてもバイク乗ったことないと意外と分かんねえもんよ、こういうの」
アキラが世を憂うような顔でうんうんと頷く。
「なんでバイク乗ったことがあるだけでそんな上から目線の物言いができるんだ、お前ら」
猫のミケさんの背丈からしてみたら誰だって上から目線じゃないかな、とか、偉そうな物言いなのはアキラだけなのにお前ら扱いはひどいな、とか重箱の隅をつつくようなツッコミがいくつか浮かんだけど本題じゃないし話が長引くので脇に置いておくことにした。
「そうじゃなくて、これはいい話じゃないんだよ、ミケさん」
「バイクの構造知ってたらツッコミどころがあるのかもしらんが、流し読みする程度なら十分いい話だ。大体、お前らはツッコミどころを探し過ぎというか、ひねくれ過ぎなところがある。よくない、よくないぞ!」
「痛い痛い」
ミケさんはむきになると床をバンバンと前足で叩く癖がある。
かつ興奮度が高いと少し爪を出すこともある。
そして問題は今のミケさんが俺の膝の上に乗っているということだ。
「じゃあさー、ミケさん的にはどこがいい話なのよ? ん? ん?」
「痛い痛い」
アキラ、頼むからミケさんを挑発するな。爪が。
「1からか? 1から説明しないと分からんか?」
「頼んます! ミケさん、頼んます! 頼れるミケさん、見せてください!」
「痛い痛い痛い」
一旦どいてもらった。
それからあらためて俺たち2人の前にあきれた顔(多分)を浮かべつつ、ミケさんが語り出した。
「説明するほどのことかよく分からんが、シンプルに自分と相手のどちらかしか助けられないって状況で男が自分の恋人の命を優先した、ってだけの話だ。何がそんなに気にくわんのかさっぱり分からん」
「だって自業自得じゃん」
間髪いれずにアキラが言い放った。ミケさんが床をバンバン叩く。
「バイクがのブレーキが故障することがどれくらいあり得んことなのか知らんし、ちゃんと整備してたら起きないことなのかもしらんが、隕石が落ちるほどの確率だろうがなんだろうが、いざ乗ってるときに起きてしまったとき、どう行動するかって話だろう」
「違うんだ、ミケさん。これはそういう話じゃないんだよ」
俺は慌てて割って入った。アキラはいつも言葉が足りない。頭も足りない。
「お前、今なんか俺に失礼なこと考えなかったか?」
俺はアキラをガン無視して話を続けた。
「ミケさん、バイクはブレーキが故障してもスピードが落とせるんだ。そもそもバイクは基本的に『スピードが落ちていく』乗りものなんだよ。自転車と同じで」
「じゃあなんでブレーキがついてるんだ。必要ないじゃないか」
「だから自転車と同じなんだって。自転車だって何もしなかったら基本的にスピード落ちてく乗り物でしょ? でもブレーキはついてるでしょ? 人にぶつかりそう、とかですぐに止まりたいときには必要なるから。言い換えると余裕があるならブレーキなしでもスピードは落とせるんだよ。自転車もバイクも」
「じゃあ余裕がなかったんじゃないか? 自分で理由を説明してるじゃないか」
ミケさんはなおも不機嫌そうだったが、それを知ってから知らずかアキラがいやいやと反論する。
「どうみてもあるだろ」
ただこれに関しては俺もアキラ寄りだ。
「そうなんだよね、どうみても数メートル先に壁が迫ってる風には読めないんだよ。延々と会話続けてるからさ。それに女の子が怖がってるのは『スピードが速いから』であって『今にもぶつかりそうだから』とか差し迫った危険が見えてるからじゃないし、とりあえず運転手側の彼氏は両手を離せばいいのに、って言いたくなるんだよね」
「手を離したら止まれないだろが、ブレーキ利かないって言ってるのに」
ああ、バイクに乗ったことがないとそう考えるのか。
なるほど、確かにここらへんはエンジンブレーキとかを知ってるか知らないかの話になる。そもそも「故障したことによりスピードが延々と上昇する暴走バイク」という設定なのかもしれないし、そうなると別の気になる点を紹介したほうが早いかもしれないな。
「坂道なのかもしらんし、とにかくブレーキが利かなくなったことによってスピードが上がっていってる、もしくは下がらない、という話ととらえればいいじゃないか」
「そうかあ? ほっとくとどんどんスピードが上がってくって考えるのっておかしくね? 自転車のブレーキが利かないからってペダルも漕がずに前に進んだりは……」
俺は一旦この方向からの説明を諦めたがアキラは納得していない様子でミケさんとまだバトッてた。
ただどうにも互いの会話が噛み合って気がしたので一旦割って入る。
「アキラ、多分、その説明だと伝わらないぞ」
「まあなあ、ミケさんバイク乗ったことないからな~」
乗ったことないというか、運転できないだろ。ミケさん、猫なんだから。
「その上から目線をやめないともう二度と朝起こしてやらんからな」
「すいませんッしたああぁぁぁぁ!」
ミケさんの冷え切った言葉に、突如アキラが全身全霊を懸けて土下座する。
その横で俺はもっとシンプルな話をすることにした。
「ミケさん、バイク乗ってる人は見たことあるよね?」
「そりゃ、まあ」
「みんなヘルメットしてるよね」
「そうだな。してないと危険だからな。だからこの話でも」
「それじゃ、なんでこの話に出てくる女性はヘルメットしないでバイクに乗ってるの?」
「そりゃ……あれ?」
「おかしいんだよ。なんでそんな大事な女性を乗せてるのに自分だけヘルメットかぶってるんだこの彼氏は、ってのもツッコミどころなんだ。1つしかないならそもそも2人乗りしちゃダメだろ、って話で」
言い返そうとしては言葉に詰まるミケさんの様子に俺はこれ以上の説明は不要に感じられた。
幸いアキラも土下座した姿勢のままピクリとも動かず、無駄に議論を蒸し返す様子はなさそうだった。どうでもいいけど、こいつ、猫に起こしてもらわないと遅刻するのか。
ちなみに後日、同じくバイク乗りの友人たちであるショウジとコータローにこの話を読ませたところ、ショウジはいつものぶっきらぼうな声色で「は? メットしろよ」の一言しか感想がなかった。
コータローはその端正なマスクで困った顔を浮かべながら「バイク乗ったことない人が書いてるんだなあ、って感じだね。だって高速道路で2人乗りしてたらこんなしゃべれないでしょ。風でまともに音なんて聞こえないし、この彼氏のほうはヘルメットちゃんとかぶってるだからますます会話なんて無理じゃないかなあ。あー、でも彼女いない僕らが言っても負け惜しみっぽいかな…ところで気になってたんだけど、これ、男性側から話を聞けてるってことは生き残った1人って男性のほうだよね?」と困惑げだった。
それから数日のあいだ、アキラは朝の授業に遅刻しまくった。
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