ゲームの操作説明より大事なこと

ギア

第1話:ミケさんがアキラの不注意を叱る話

「お邪魔しまーす」

 4足かそこらでいっぱいになってしまうような狭い土間にはすでに先に来ている友人たちの靴があふれかえっていた。大学で知り合ってからすでに数ヶ月経つが下宿先に遊びに来たのは初めてだったが、常日頃から「うちは狭いぜぇ」と聞かされていたとおりの狭さだ。

 すでに遊び始めているらしく、狭い玄関の目と鼻の先にある引き戸からはゲームの音楽やレバーをガチャつかせる音、そして対戦系のゲームにつきものの様々な叫びが聞こえてくる。その引き戸の隙間から家主であるアキラが顔をのぞかせた。自宅だけあってTシャツの下はトランクス1枚というくつろぎっぷりだ。日本の真夏を過ごす上ではもっともふさわしい恰好ではある。

「おー、コージ、よく来たなー。先に始めとるでー」

「飲み物買って来たけど冷蔵庫入れとく?」

「サンクス、よろしくアルよ」

 玄関の脇にあるコンロと流しの隣に置かれたあきらかに中古とおぼしき個人用冷蔵庫をアキラは指さした。冷蔵庫は料理中に飛んだとおぼしきシミやガムテープをはがした跡だらけで、新品時には白かったであろうことが次元の彼方に追いやられてる。

 コーラと生卵しか入っていなかった冷蔵庫に買って来たジュース類を放り込む。お菓子類と、すぐ飲む用に1本だけペットボトルを手にしたまま部屋に入った。


 畳敷きの六畳間にはエアコンの無く、そんな文明レベルの低さを全開にされた窓が必死に補おうとしているが焼け石に水だ。そんな暑さだというのに敷きっぱなしらしき万年布団、ゴミを詰めて口をしばったビニール袋、本棚に入りきらず床に詰まれた漫画と雑誌、中身が入っていたり空だったりするペットボトル、UFOキャッチャーでいらないのにとってきてしまったぬいぐるみ、そんなあれやこれやの隙間に潜り込むようにアキラを含めた男の友人3人が腰をおろしてジョイスティックを操作している。

「何遊んでんの?」

 腰を下ろせる場所を探しながら友人たちに話しかける。仲間内で一番小柄なショウジがぼそっと答えた。

「ガーヒー」

「ガーヒー?」

 聞き慣れない単語にとまどう俺にショウジがめんどくさそうに付け加える。

「ガーディアンヒーローズ」

 いつもどおり、1単語より長く話すのが億劫でしょうがないといった感じだ。目つきの悪さもあって、出会った最初の頃は嫌われてるのかと思ってたがどうやらそういう癖らしい。最近ようやく慣れて来た。

「グラフィックしょぼいなあ。何これ? プレステ3じゃないよね。プレステ2?」

「セガサターン」

「何それ」

 画面では5~6体ほどの大きさがまちまちなキャラクターたちがところ狭しと戦っていた。シューティングゲームのボスキャラみたいにデカいヤツもいれば、豆粒みたいに小さいヤツもいる。腰布1枚のゴブリンっぽいヤツもいれば、どうみてもロボットなキャラもいる。空から電撃が落とされたかと思えば、ゴブリンがこん棒で殴りつけ、ロボットのレーザーが右から左へと貫いたかと思えばその隙に後ろから騎士が剣で切り付ける。

「すっげえ自由な世界観だな。魔界塔士サガみたいだ」

 変な方向に感動している俺の呟きを聞いた3人目のコータローがゲーム画面を見ながら答える。

「面白いよねー。ああ、でもストーリーモードは結構正統派ファンタジーっぽいよ。お姫様とか出てくる。対戦も楽しいけど、ストーリーモードも面白いし、あとでやろうか。2人協力プレイできるよ。アキラたちはぶっ通しで遊んでたから少し休んでもらってさ」

 ゲームから目を離さずにも、すらすらと言葉が流れ出るコータローは、まつ毛の長い優しげな目元や、すらりと長い手足も含めてショウジとはまったく対照的だ。違い過ぎて逆に喧嘩もしないらしい、とアキラには聞いている。

 と、そのアキラが立ったままの俺の足をぱんぱんと叩いた。

「どうでもいいけど立ちっぱなしもなんだから座れよ」

 座りたいのはやまやまだが場所が見つからないのだ。ぬいぐるみの上に座ったら怒られるかもしれないので、ちょっとどかしてスペースを作ることにした。まずは馬鹿デカい青い宇宙人のぬいぐるみを雑誌の山の上に乗せる。よし、あとはその隣の丸くなった三毛猫のぬいぐるみをどかせばなんとか腰を下ろすだけのスペースは確保できそうだ、とぬいぐるみをつかんだ瞬間。

 グニャッとした感触と共に2つの悲鳴があがった。


「うひゃッ!」

「うわっ!」


 片方は俺の叫び声で、もう片方がどこから発せられたのか、とっさには分からなかった。

 早々に負けて暇だったらしいアキラが振り向く。

「どしたん?」

 のんびりとしたアキラを叱りつける声が部屋に響いた。

「どうしたもこうしたもあるかよ! 寝てるときに脇腹つかむんじゃねえって何度言ったら分かるんだ! 学習能力ゼロか! 万物の霊長が聞いてあきれるよ! この猿!」

「ああ、ごめんごめん。伝え忘れてた」

「謝る暇があったら同じことしない努力を……って、ん?」

 アキラに向けてくどくどと説教をし始めていた三毛猫が俺を見上げた。

「しゃ……」

「おい、アキラ、こいつ誰」

「シャベッタアアアァァァアァァァァァァアアア!?」

 俺は足元も確かめずに後ずさったせいで途中にあった本の山は崩れ、足元に置かれていたペットボトルはひっくり返ったが、そんなことどうでもよかった。

 人語を解する猫。

 現実に見た際の違和感と不気味さは想像を超えていた。猫と反対側の壁にぶつかるまで仰向けのまま四つん這いで後ずさった。

「アキラ! 猫がしゃべった!」

「いや、まあ見れば分かる。ってか知ってる」

「だな」

「そもそも、ここ、アキラの家なんだからアキラがミケさんのことを知らないってのはあり得ないと思うんだよね。僕らに確認するならまだ分からないでもないんだけどさ」

 何に驚けばいいのか分からずに困っている様子のアキラと、それと同じくらい落ち着いたままのショウジとコータローはそもそもゲーム画面から目を離そうとすらしていない。

「いやいやいや、そうじゃなくて! 猫が! しゃべって!」

 そして俺が慌てているのと同じかそれ以上のレベルで猫が怒っていた。

「アキラァッ! だから俺がしゃべれることを知らねえ奴が来るときは前もって言えって!」

「ごめんごめん。忘れてた」

「お前、そればっかりじゃねえかぁぁぁぁあ!」

 叫び疲れたらしい三毛猫は荒く息をついたあと、おぞましいものを見る目で自分を見下ろしている俺という存在にあらためて気付いた。

 無言で見つめ合う俺たち1人と1匹。

 そこで三毛猫は突然(まるで普通の猫のように)大きく伸びをすると体を震わせてから俺を見上げて(まるで普通の猫のように)「……にゃー」と鳴いた。

「な、なーんだ」

 完全に棒読みに俺の声がゲーム音しかない静かな部屋に響く。

「ただの猫か。そうだよな、猫がしゃべるわけないもんな」

 これ以上ないくらいわざとらしく口に出す俺。

「にゃー」

 三毛猫はそんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、なおも(まるで普通の猫のように)鳴き声をもらしつつ部屋から出て行こうとする。

「おっ、ミケさん、どした?」

 その頭をアキラがペシリッと叩いた。

「にゃ……」

 視線だけで相手をぶっ殺しかねない目つきを向けつつも、猫の鳴き声らしきものを漏らす。

 それを知ってか知らずか、アキラはなおもペシペシと猫の頭を叩く。

「どうした、ミケさん。普通の猫みたいな声出して。魔女の宅急便ごっこか?」

「にゃ……」

「ん? 気持ち悪いぞ? ん? ん? ん? ん?」

 頭をパカスカとリズミカルに叩かれていた三毛猫が切れた。

「……って、空気読めやあああああ!」

「俺の必死の演技をなんで無駄にするかな! なんで俺がしゃべれることを広めたくないってのが分からないかな! 分からないかなあ!」

 バンバンと前足で床を叩いてアキラを説教する三毛猫から目を離せずにいる俺の服の裾が引っ張られた。

 振り向くとコータローがコントローラを差し出してきていた。

「あの説教が始まると長いから操作を覚えがてら2人でストーリーモードやろうよ。僕も全ルートまだ見てないからネタばれなしで遊べるし、ああ、でもキャラ設定分からないとつらいところはちょっと解説できると思うよ。ショウジはタバコ吸ってくるってさ」

 さりげなく俺と三毛猫のあいだに割り込む位置に体をずらしつつ、空いたスペースに俺を座らせる。色々と聞きたいことはあったが、俺に口を開かせる隙を与えず、畳みかけるようにゲームの説明を続けるコータローは、しゃべりながらもよどみない手つきでゲームをスタートさせていた。

「基本は弱攻撃と強攻撃と必殺技。ここらへんは対戦格闘系のゲームそのままかな。コマンド表はこれ見て、説明書あるから。ちょっと破れかけてるから、扱いには気を付けて。ああ、そうそう、普通の格ゲーと違うのはガードボタンかな。あとキャラによっては魔法が使えるけど、まずは魔法使わなくてもそこそこ戦える戦士系で始めたほうが楽かもね。初めは操作覚えるの大変かもしれないけどストーリーはちゃんと追ってね、面白いからさ。それに何周もすることになるけど、別ルートの話知ってたほうが楽しめるし、なんていうか伏線が回収される的なノリがあるから」

 コータローは、その立て板に水の流れるような説明で俺に余計なことを考える隙を与えず、一気にゲームを始めさせた。


 そうこうして、操作を覚えながら敵をなぎ倒し、バッドエンドっぽいのも含めてエンディングを3つほど見て、気がついたらすっかり慣れていた。ゲームにもそれ以外にも。


「ショウジ、バリアで敵挟むからちょっと画面中央に移動して」

「あいよ」

「やっぱニコレ最強だよな。回復も攻撃も出来るし」

「あっ」

「なんだ、どうした」

「ミケさん、画面の前を横切るのはいいけど尻尾は立てないで。邪魔」

「おう、スマンスマン」

 それから対戦モードをひたすら遊び、ストーリーモードでベストエンディング目指して周回を繰り返しているうちに意識が途切れた。


 目が覚めたらすでに朝だった。

 俺を含めた4人ともがゲームに熱中したまま意識を失ったらしく、まともに横になってるヤツは1人もいなかった。

 全員が目が覚めたところでファミレスへと朝飯を食いに行き、飯を食いながら一番バランスのとれた対戦時のキャラの組み合わせについて議論し、食い終えたあとはその日授業の無いアキラを除いた3人で大学へと徒歩で向かった。歩きながら一番使いやすいキャラと一番好きなキャラの相違点について議論を戦わし、結局、喋る三毛猫ことミケさんの詳しい生い立ちについては、それから数ヶ月後にご本人からようやく聞けたのだが、それはまた別の話だ。

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