記録11

 昨日キャプチャした画像が自分のケータイへ同期されていることを確認すると、いつもより早めに家を出る。

 帰宅部の僕には朝練もなく、早朝の学校には用事などないのだが、人の少ない静かな学校は、ものを考えていることには適していると思ったからだ。

 人気のない下駄箱。遠くから朝練に励む生徒達の声が聞こえる。一年生の下駄箱は体育館が近いからか、体育館の床をバッシュが擦れるような甲高い音が重なるように響いている。普段耳にしない響きに耳を傾けながら、教室に向かう。静かな廊下を通り抜け、教室のドアを開くと、案の定誰も来ていない。誰もいない教室というのは何だか独特の高揚感がある。自分の部屋とは違った、ある種の安心感。それを体で表現したくなる。そんなささやかな感情を軽快な大股歩きと席に着く直前のターンで表現する。

 普段じゃ絶対しないな。自嘲気味に笑い、席に着いた。自分のケータイを取り出し、昨晩の集めた画像を開く。

 そこで、昨日の画像に目が止まった理由がわかった。この絵の背景だ。この絵の背景が、例の裏ネットの情報にあった画像のイメージに合っていたのだ。なるほど、その場で気づいても良いようなことに、ようやく気づいた。かと言ってだいぶ加工されているようだし、本当にそうだとも限らないわけだし。ここからの進展は特になさそうだなと諦めかけた頃。不意に教室のドアが開いた。驚いてドアの方を見ると、驚き顔のめがね女子がそこに立っていた。たしか同じクラスの毒島だったか。インパクトの強い名前なので覚えている。

「驚いた〜、早過ぎない?」

「それはお互い様だろ。まだ始業まで一時間近くけど?」

「まあ、そうだけど……なにしてんの深町くん、こんなに早くに」

「と、特になにもしてないよ。ただなんとなく。毒島さんはどうしたの?」

 初めて名前を呼ぶ。というか初めて話した気がする。

「私は部活だよ。美術部って結構準備とか大変なの。あ! あと苗字で呼ぶのやめてもらっていい? この名字あんまり好きじゃないんだよね……」

 なるほど、年頃の女子だ。いろいろあるのだろう。しかし……

「わかったよ。えーっと……名前、なんだっけ?」

「ひっど〜い! カレンだよ! 毒島カレン! 同じクラスでしょ?!」

 涙目で前のめりになる。

「わ、悪かったよ。何せ話す機会もなければ覚えられんだろ?」

「私は覚えるよ、深町晴彦くん」

 今度は、顔をしかめ、腰に手を当てて、全身で不満感を顕にした。大人しそうな顔だが、なんとも表情のコロコロと変わる子だろう。怒られているのに、なんだか可愛らしいと思ってしまう。しかし悪いことをしてしまった。怒り冷めぬ様子で自らの席に向かう毒島。もといカレンの席は、僕の席の斜め後ろ。

「あれ? イラストとか興味あるの?」

 ぼくの後ろを通り過ぎる時にケータイに映るイラストを見たのだろう、もう一度声をかけてきた。

「え? ああ……ちょっと気になることがあってさ。この絵に」

 そう言って、ケータイをカレンに渡す。

「ふーん。結構古いの見てるね」

 正直驚いた。イラストを見ただけで時期までわかってしまうものなのか。

「そう! な、なんでわかるの?」

 純粋な疑問を投げかける。

「ワタシ一応美術部だし、こーゆうの興味あるんだよね。PixeLでみつけたでしょ?」

 そのとおりだ。意外なところから情報が来たものだ。

「そうそう! よくわかったね」

「まあよく巡回してるしね。このイラスト特徴あるし!」

「特徴?」

「この絵というか背景かな。こんな感じの背景が一時期流行ったんだよ。まあ一部ではあるんだけどね」

「そ、そうなのか。なるほど、そういった見方もあるのか……」

 なにか情報が得られないだろうか。

「ちなみになんで流行ってたとか、同時期に流行ってたものとかあるか?」

「ちょっとアカウント名は忘れちゃったんだけど、PixeLユーザーがあるテクスチャー素材を、フリー素材としてアップロードしたんだよ。それが一時期流行してね。結構なユーザーが使ってたんじゃないかな。このイラストもそのブームに乗っかったやつの一つだと思うよ。ただすぐにそのアカウントなくなっちゃて、その素材もネットに出回らなくなっちゃったんだよね」

「今も、その画像見つからないのか?」

「多分難しいと思うな~。だれかが上げてもすぐに削除されちゃってたもん。なんだったんだろうな~あれ」

 そうかと項垂れる。

「そんなに気になるの? あんなバグったみたいなテクスチャー」

 その言葉を聞いて、やはりこの背景の元画像は、裏ネットに関連するものらしい。

「それっていろんなサイトがぐちゃぐちゃに混ざったみたいな絵じゃなかった?」

「あーそんな感じ! なんかいろんなもんバグらせてコラージュしたみたいな感じ?」

 パズルのピースがあっていくように、気分が高揚してくるのがわかる。

「そ、その画像! なんとか手に入らないかな!」

 ろくに話したこともない女に、前のめりに頼み事。初めてのことだ。カレンも唐突ながっつき反応に驚きを隠せないでいるようだ。

「ちょ、っちょっと。分かったから! 探してみるから! 急に何~、そんなキャラだったの?」

「え、あ、ごめん。つい……」

 しまった。つい興奮してしまった。冷静になろう。

「ただし条件がありま~す!」

 そうきたか……まあ確かに僕にとってかなり有益な情報だ。この反応を見て、相手にもそれはわかりきっていることだろう。だとすれば、タダという訳にはいかないだろう。しかし一体何を望まれるのか……

「私の部活に入ってくれないかな?美術部なんだけどさ、今年三年生が卒業して、部員がほぼ私だけになっちゃったんだよね」

 そうきたか……部活勧誘とは、正直予想外だった。たいしてやることもないくせになんとなくで帰宅部に甘んじていた僕的には、正直イヤではない。ただ、その部活のテンションはどの程度のものなのかとか、部員がいないということは、カレンと二人っきりなのかとか、でも朝練並に早起きするような準備があるらしいとか、いろいろと邪念に囚われてうむむと悩んでいると、ワタワタとした様子のカレンが再度口を開いた。

「なんか寂しくて……なんて……でも難しいかな、急だし。ごめんね! 大丈夫! なにも見返りとかいらないから! たいしたことしないし!」

 カレンが急にしょんぼりとしていく。ど、どんどん勝手に話が進むんだが……

「ちょ、ちょっと待って! 別にいいよ。嫌じゃないよ、そんくらい」

「え? いいの!? 入ってくれるの? 美術部!」

 そこからは、怒濤の勢いで事が進んだ。正直よく覚えていない。

 ただそのやりとりの直後に、そのまま部室に連行され、気づくと美術部の副部長として悠然と並ぶ静物の群をデッサンしていた。この腕の痛みは、恐らくこの静物を僕が運んだものだと思う。

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