記録6

 ホワイトキューブ状の部屋が広がっている。

 そこには幾つもの情報がぶら下がっており、そのそれぞれがどれかしらの情報とリンクラインで繋がっている。非常に整理された情報群である。恐らくこれらすべてが例の噂に関することなのだろう。一番近くにあった情報に手を伸ばす。

 そのとき先ほど私が開け放ち、後ろ手に閉めたドアが再度開け放たれた。

 女性だ。艶やかな黒髪を肩まで伸ばし、前髪を切りそろえている。服装は……セーラー服?いやただのセーラー服ではない、肩から手先にかけて女性にはやや不向きに感じる逞しい甲冑のような装甲が取り付けられている。よく見れば、至る所に本来セーラー服とは共存しがたい、武装としてのオプションがいくつも取り付けられている。

 これはVRBアバターだ。しかもかなり手の込んだアバター。武装女子高生がそこにはいた。


「アバター持ちとは珍しいね、おにいさん。おにいさんでいいのかな?

 そのアバターどこ製? っていうか見ない顔だね。このスレ初めて?」


 いきなりの質問責めで圧倒される。


「あ ごめんね、いきなり……あんまり珍しかったものだから。ちなみに私のアバターはお手製だよ!」

「珍しいってアバターが? スレ参加が?」

「アバター持ちのスレ参加者というダブルレア要素だよ!」

「どちらもそんなにレアな存在なのか」

「それはそうだよ! おにいさんだってアバター持ちならわかるでしょ?」


 そうだ。先にも述べた様にVRBは過疎っている。

 つまりはアバター持ちはマイノリティであることを示している。そのマイノリティがさらにこのマイノリティなスレッドに集まったのだから、テンションが上がってしまうのもわかる気はする。私も驚きが興奮へと形を変え、今すぐにでも彼女を質問責めにしたい気持ちに駆られている。が我慢した。


「たしかにアバター持ちは最近珍しいかもね。しかし随分凝ったアバターだよね。本当にお手製?」

 無理だったようだ。

「あと、この情報って、全部が裏ネットにまつわることだったりするの?」

「おっ質問攻め返し? いいねぇ」

「順番に答えるね。まずこのアバターは、正確に言うと私のサークル製だね。デザインしたのは私でモデリングがサークルメンバー。可愛いでしょ?フリマで販売もしてるから良かったら買ってね?」

「か、考えとく……」

 可愛いと言うにしては腕周りが逞しい。ただそれ以外は華奢で、奇妙という方が正しいと思う。だが、なぜだろう不思議な魅了はある。

「あら釣れない返事。じゃあ次ね。ここに並んでる情報は全て裏ネットに関係することだよ。そしてここは裏ネットスレにリンクされてるライブラリ。巷に溢れるスレでもここまでライブラリを活用しているスレは珍しいんじゃないかな」

 たしかに。自分も過去にいくつかスレを眺めることはあったが、ここまでライブラリを活用しているスレはほぼ皆無に近かったように思う。バックログをそのまま蓄積しているようなものであれば、いくつか目にするが。ただそれはこの機能が非常に新設の機能というところがでかいと思う。恐らく2年経っていないのではないか。

 余程の大規模なスレないしは人気のスレであれば、従来通り外部に特設サイトが設けられているモノである。後発の機能だけあって、それくらいスレのライブラリは曖昧な立ち位置なのである。

「大抵はここまで几帳面に整理するなら別にサイト作っちゃうんだけどね。ちょうどこのスレが建った時期とスレッドライブラリができたのが近かったんだよ。このスレは今年の初めに建ったんだ」

「なんだまだ一年も経ってないのか。それにしては結構な情報が集まってる感じがするけど」

「まあ、噂や憶測ばかりだし、関係ありそうなものもひっくるめてまとめてるからね。もっと調べていくと関係ないものもたくさん出てくるとかもね。もしかしたら今後減るかもよ?」

「例えそれでもすごいよ。ほんとにマイノリティスレなのかこれ」

「とりあえず多いとは言えないね。ただ少なくもないよ、さっき驚いたのはアバター持ちでの参加者ってところだよ。このスレに参加しているアバター持ちは私が把握しているだけで、3人しかいないの。ハルさんが入れば4人になるね!」

 ハル。僕の名前だ。突然名前を呼ばれ、ドキリとする。

「え、なんで名……」

「ほらここに出てるでしょ?」

 そう言って自分の頭の上辺りに指先で楕円を描く。そうだ。ここはVRB。ユーザー情報が常に頭上に表示されているのだ。自分の頭上を見る。HAL。長らくアバター持ちと交流していなかったため忘れていた。表情を緩める。

「ハルでいいよ、ミアハ」

「これからよろしくね、ハル」

 この日から、僕はここに通う様になった。

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