記録4

 夕飯を食べ終わり再び個人用端末前である。バーチャルブラウザ用のヘッドセットを装着する。

 バーチャルブラウザ通称VRBとは数年前から某IT企業が開発運用しているサービスである。リリース当初は物珍しさから話題にはなっていたものの、今ではすっかりなりを潜めてしまっているサービスだ。 ただ、私は個人的にこのVRBを気に入っていて、サービス開始当初から今まで付き合い続けている。なぜかと言えば、VRBにはデジタル技術が置き去りにして来たある要素が盛り込まれている事に気が付いたからだ。

 寄道、脱線である。

 理解している方々からすると今更になるだろうが、 VRBとは、ネットワーク上に存在するWebサイトを立体的に再構成し、さながらゲームのような3D立体空間化、そこを自分の分身であるアバターで歩き回ることができるものである。しかし3D立体空間だとしても、通常のブラウザと同じ様に検索すればその検索した場所に移動するのは同じである。

 しかしそこの場所に移動するまでが、少し違う。通常のブラウザならそのページに瞬時に移動するのだが、VRBはその情報が構築されている場所まで文字通り歩いて移動するのである。

 正確には歩くだけじゃなく、走ることも、なにか乗り物で移動する事もできる。しばらくして目的の場所に瞬間移動するファストトラベルも実装された。しかしそれではつまらないので、私は使わなかった。乗り物は定期的に増えていた。近頃は増えていない。一昔前にはネット検索の事をネットサーフィンなどと読んでいた時期もあったようだが、今では文字通りサーフィンで目的の情報まで移動する事も可能だ。

 それぞれの情報は、系統で区分けされ、広大なフィールドに配置されている。よって目的地に着くまでの間に、目的情報に至る様々な情報 をなんとなく知り、気になれば寄り道することができるのである。

 実際の店に買い物に言ったことがある方ならばわかってもらえると思うが、なにか欲しいものがあり、それを求めて 店内を散策していると新たに欲しいものがが見つかり、気付けば両手に物が溢れている。ただ本来の目的のものにはたどり着いていない。そんな経験。そんな情報の寄道が可能なのが、VRBなのである。

 正直、時代のニーズに即しているサービスかと言えば、微妙だ。通常のブラウザでも類似情報を表示する機能は充実しているので、その情報から様々な寄道的な事はできる。しかも非常に素早く情報間の移動が可能だ。そりゃそうだ、実際に移動などしないのだから。

 目的の情報、その類似情報、さらにここにそれぞれの履歴から気になりそうな情報を、わかりやすく、一瞬で手に入れる事ができる環境がありながら、だらだらと歩いて情報に向かい、寄道が出来ますなんて言われても。余程の変わり者か、暇人にしか相手にされないだろう。

 事実現状がそうである。サービスイン当初はそうでもなかったが、現状のような 過疎化が始まるのは早かったように記憶している。下火になってからもしぶとくアップデートは繰り返されていたが、ここ数ヶ月はなんの音沙汰もない。

 そんな始末なので、さぞ終末感漂う閑散とした空間が広がっているかと思うだろう。しかしそこは、上手く誤魔化している。

 VRBでは現在その情報を閲覧しているユーザーのアバターを文字通りアーキテクチャ内を歩かせ、 閲覧させている。その閲覧者には通常のブラウザを利用しているユーザーもVRB上では、ゲストアカウントという形で表示されているのである。視覚的にその情報の注目度を知れるのもこのVRBの良いところである。

 このゲストアカウントは VRB でアカウント作成時のアバター作成をスキップした際に宛がわれるものと同じであり、程としてはそのゲストアカウントは通常のブラウザで見ているものか、物臭なVRB ユーザーかは、わからなくなっている。それを考慮しても、近頃のゲストアカウントタウン化しているVRBは、過疎感を隠しきれない。そんなことを改めて実感しながら、 クラスメイトから聞かされた謎のネットワーク世界についての情報に向けて、バイクを走らせる。

 非常に整理され、統一感のあるアーキテクチャが並ぶブラウザホーム から離れる毎にだんだんと統一感は失われていく。

 アーキテクチャはその情報が更新されれば、その姿形を変えてゆく。そのデータ構造が美しければ美しいだけ、それを元に再構成されるアーキテクチャも美しくなる。もちろんその逆もしかりである。目的の情報に近づく程に混沌としたアーキテクチャの立ち並ぶ不気味な風景に変化してきた。

 寄道したくなる箇所は幾つもあったが、本来の目的との秤にかけ、目的が勝ち続けたままついに目的まで辿り着いた。バイクから降りると、今まで自分を支えていた屈強な鉄馬は、表面が砕け散ったガラスの様に弾け飛び、ワイヤーフレームのみが残り、コンパクトなデバイスにトランスフォームした。もとからこの形であったかのような、何度見ても惚れ惚れする変形である。この変形を見るために私はこのバイクに乗っているといっても過言ではない。デバイス化した後のバイクは私の右肩上部周辺を浮遊している。

 この展開する前の状態はブラウジングビークルによって様々ある。このバイクの様なある種の特殊なデバイスとして作られているものもあれば、馬から刀にトランスフォームするもの、自転車からランドセル、パトカーから拳銃など、テーマに合った変形をするものもある。 気分で色々乗り換えるのも楽しい。


 ようやく目ぼしい情報を見つけた。

 周りの混沌とした風景の中にポツネンと浮かぶ、非常に整理されたシンプルなアーキテクチャ。非常に美しく構築されたシンプルなソリッド。 混沌とした景色の中では一際異質に見える正方形がそこにはあった。その見た目から、作られてから日の浅いアーキテクチャだとわかる。もしくはよほど神経質なデータ構成がされているかだ。

 早速集中してデータを漁ることにする。わかったことは後でまとめる。

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