急 外、そして気付き

 横川はアイタを抱えて保健所を出る。外で待っていた縦山に駆け寄って、嫌そうに目を細める猫を持ち上げた。柱に寄りかかっていた縦山はアイタをじっと見て、安心したように笑う。

 二人並んで道を歩き出した。胸元の猫をなでながら横川は崖の上にある町を眺める。

「いやあ、まさか隣町に来ているなんてね」

 彼女はねーとアイタに甘い声を出す。猫はなーんと文句を言うような鳴き声を上げた。

 不法投棄があった場所は崖下の隣町。そこのゴミ処分と、猫がいなくなったことが繋がっているのであれば、作業した大学生たちの手で保健所に持ち込まれているのではと縦山は考えた。

「でも良かったです。推測が当たって」

 適当な当て推量ですけどと縦山は言葉を漏らす。横川は嬉しそうに顔を上げて、大きく頷いた。

「でも見つかって良かった。……私はそういうの、苦手、だから」

 尻すぼみになる言葉。珍しいなと縦山は横川に顔を向けた。顔を伏せた横川、縦山からは帽子に隠れた彼女の表情がよく見えなかった。

 数歩前に出た彼女は背中を丸めながら言葉を続ける。

「私は知り合いが多いけど、そこから何かを導くのは苦手なんだよね」

「導くって、俺だって真相を言い当てたわけじゃないです。結果的にそうなっただけですよ」

「そうだとしても」

 彼女の震えた声に縦山は立ち止まる。数歩先で止まった横川は頭を左右に大きく振った。アイタが抗議の鳴き声を上げる。

「じゃあ、俺を誘ったのも?」

 横川が静かに頷く。

「いつも難しそうな本を読んで、ミステリとか、思弁進化とか。積み上げて繋げて考えを出す。すごいなって思ってた」

 そういうことかと縦山は空を見上げる。空の青さは変わらず、今朝見た海が頭にちらつく。まだ口の中の苦みは消えていない。

「父さんを追って探偵なんてやってるけど、いつも向いてないって思う」

 絞り出すような横川の声が青空に重なる。ドキリとはねた胸に気付かれないよう縦山は顎をより上げた。

 いくら横川が褒めてくれようとも、自分自身が感じているものは決して消えやしない。動けなくなりそうな堅い感触。けれど、この苦みは彼女も同じく持っているんだろう。

 縦山は静かに息を吐き出す。ゆっくりと彼女の横に立った。そしてその小さな頭に手を乗せる。

「よく分からないですが、助手として名探偵の手伝いはしますよ」

 そのまま縦山は彼女の横を通り過ぎる。そのまま歩いていると、横川も追いかけ、並んだ。そしてゆっくりと探偵事務所へ向かう。

 言葉は交わさず、ただ歩いているだけの二人。それでも一人じゃないからか、心なしその足取りは軽かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一人たち 書三代ガクト @syo3daigct

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ