破 公園、つぎに後悔

ベンチに座り、縦山は一人で空を見上げた。真上を過ぎた太陽がまぶしくて、頭に本を乗せる。駆け回る子供たちの声にあーと叫んだ。

 結局、何人か聞き込みをしたが、まともなことを引き出せなかった。どの人も愛想笑いを浮かべて、同じようなことしか話さない。

 縦山の頭に横川の姿が浮かぶ。地元の人たちと楽しそうに話し、情報を引き出し、関係を築いていく。どうしてそんなに笑って、なんでそんなにすらすらいけるのかが、彼には分からなかった。

 本を取って縦山は体を戻す。メモ帳に視線を落とすが、何も書かれていない。

 俺がどんなに切り込んでも、誰も彼も同じようなことしか言ってくれない。まるで金太郎飴みたいだ。

 最後に行った店が飴屋だったこともあり、くだらないことを考える。けれど全く面白くない。縦山はまた空を見上げた。

 小高い丘の町は閉じていて、人との繋がりが大きい土地だ。その中で関係がうまく作れないのは致命的だと縦山は思う。それに自分の無能さを突きつけられるような気がしていた。

 とは言ってもここから出たことがない彼には他がどうなのかは知らない。けれどもこの感覚は外に出れば薄れるのではないかといつも考えていた。

 縦山は本を外して、体を起こす。空の青色に今朝見た海が重なった。手を伸ばそうとし、迷うようにまた下ろす。

 いつだってそうだ。こうすればああすれば、そんなことばかり考えて実際には何もできない。疎ましく思いながら離れる勇気もない。そしてずるずると後悔ばかり積み上げている。

 聞き込みさえろくにできない俺が探偵事務所で働いていることも、その一つだ。

 就職も決まらないまま大学卒業を迎え、おろおろしている時、横川に誘われた。その真意も分からないまま、乗った形になっている。

 けれどこんな体たらく。口の中が苦くなった。

 公園の砂を蹴る音が近づき、ぐわりと横川がのぞき込んでくる。縦山は目を細めて、煩わしそうに首を動かした。ふうんと横川は笑って、体を戻した。

「その様子じゃいつも通りって感じなのかな?」

 彼女は縦山の隣に座る。そして彼の膝上にあった本を取った。ぱらぱらとめくってから眉間にしわを寄せる。

「こんな生物いるの?」

 鼻で歩く齧歯類の挿絵を指さして横川が聞く。縦山は体を起こしてページを指差す。

「いろんな文献が書かれているでしょう。科学的にもいそうな感じですよ」

「でもフィクションなのね」

 以前、思弁進化について話したことを思い出しての発言だろう。縦山はゆっくりと頷いた。思弁進化。他人の言葉を借りれば”生命と進化の可能性を科学的に推測する芸術の形態”を楽しむSFだ。イメージ的には幻獣生物に近いが、その生物自体だけでなく、どのような進化を経て、どのような習性、形態を持つのかなど、生物学的な考証も楽しむジャンル。

「前も言いましたけど、こうやって積み上がっていくのが好きなんですよ。重ねて、繋がるようなものが」

 縦山の主張に横川は頷く。なるほどねと、区切ってから彼女はメモ帳を取り出した。

「まあ、そんなお話は一端、置いといて、まとめましょうか」

 探偵モードに入った横川に縦山は姿勢を正した。

「じゃあ、改めて。今回は猫探し、アイタ君捜しということを忘れないでね。とは言っても商店街でも役場でも目撃情報はなかったかな」

 メモ帳をめくりながら横川が言う。ペンで頭を掻いてから言葉を続けた。

「あと気になったのは、商店街の中湖さん。最近、急に商品が入って来たんだって。主に家電製品だけど、色あせていたり、さびていたり、状態はあまり良くなかったみたい」

 それがアイタ君と関係があるのかは分からないけどと、彼女は言葉を切る。そして顎に手を当て考え込む縦山をちらりと見た。足を組みぶつぶつと口を動かす彼に、横川は一瞬固まり、自分の頬を叩いた。膝に手を置いて、正面を向く。嬉しそうに頬を上げながらも、唇を軽く噛んだ。複雑な表情で目を閉じる。

 子供たちの遊ぶ声が響き、風が横川の黒髪を揺らした。掻き上げるように彼女は髪を押さえる。

 縦山がゆっくりと口を開いた。

「目撃情報ですが、聞いた方はなんとおっしゃってました?」

 小声で言う縦山に、大きく頷いてから横川がメモ帳をめくる。嬉しそうな声で応えた。

「そのまま読み上げるね。”この猫は見たことない””そういえば猫を最近見てないな””こんな美人さん、見たら記憶に残ると思うのよね””犬ならいたんだけど”」

 発言者に合わせているのか、横川がころころと声色を変える。その言葉に縦山が頷いて、ゆっくり顔を上げた。そして横川と向き合う。

「あとリサイクルショップの商品ですけど、どんな劣化具合でしたか?」

「うーん。何だろうな。洗濯機とか冷蔵庫とかテレビとかあったけど、全部日に焼けている感じ。色が変わって、コード先は錆びてたよ。中湖さん曰く、土に汚れていたのもあったから、外に放置されていたのだろうって」

「そういえば誰が持ってきたとかおっしゃってました?」

「誰がとは聞かなかったけど、大学生ぐらいの人たちが軽トラで持ってきてたって」

 大学生。一番近い大学は隣町にある。

「そういえばですけど、魚屋って、商品にいつもカバーを掛けていましたよね」

 話が飛び横川が首をひねる。うーんと唸り、思い出すように言葉を紡いだ。

「確か、猫よけにかけているって言ってたかな。呼び込みもそうだって」

 だからいつも追い払うような大きい呼びかけをしていたのかと縦山は苦笑する。その二つがなくなったということは目撃情報にもあるように、猫がどこかに消えてしまったということか。縦山は頷いた。

「俺が気になったのはそのカバーと、もう一つです。不法投棄の看板が新しくなっていました。つまり最近、手が入ったと言うことですよね」

 まるで屋外にあった家電製品。それはきっと不法投棄されていたものだろう。それが整理されて、中湖さんのところに持ち込まれた。同時に、猫がいなくなった。

 その二つが関係しているのかは分からない。けれど、確認しなくちゃいけないことは明確になった。

 縦山は本を仕舞って、立ち上がる。くるりと横川を見下ろして、不安そうに口を開いた。

「とりあえず調べることが一つできました。ただ、それが正しいかどうかは分からないですし、もし違ったら猫が集まる場所をひたすら回り続けますよ」

 横川はにこりと笑って立ち上がる。縦山と並んで、舐めないでと指を突きつけた。

「私は名探偵。探し回るなんて得意中の得意よ」

 彼女はただと言葉を切って、視線をそらした。わずかに頬を赤くして迷うように目を泳がせる。

「闇雲に探し回るよりは、あなたのおかげで効率的になっているのは事実。ありがとう」

彼女の言葉に縦山は目を丸くした。横川は恥ずかしそうにそそくさと歩き出す。いつもより早足の彼女が少しだけおかしくて、彼はははっと笑った。そして公園を出て行こうとする彼女に呼びかける。

「ところで名探偵さん。反対方向ですよ」

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