第90話 交渉

 三鷹の怒声によって中央制御室は静寂を極めた。社員たちも驚愕の事実を知って驚きを隠せないでいた。江口は固い表情をして三鷹と対峙した。

「昔話を今更する気ですか。三鷹さん。貴方が作ったOSは玩具程度の知能しか持ち合わせていない、使い物にならないゴミではありませんでしたか。その知能レベルをここまで上げたのは旧人体機構研究所であり──この私です」

 喧嘩を売る気か江口。私は野村の方を見た。野村は目を見開いて声を出さずに嘆いていた。

「あのOSはな、お前みたいな利益至上主義のための道具にするつもりは無かったんだ。アンドロイドは人々を癒す道具であり、心の余裕を作ってあげる一種の玩具として開発した。今のような世の中のインフラから宇宙シミュレーションをやらせるための機器として開発するつもりはさらさら無かった」

 確かに、当時の三鷹は旧人体機構研究所がアンドロイドの開発の加担する事をあまり良くは思っていなかった。日本知能工業は元々は玩具メーカーだった。アンドロイドを人間との調和を目指したセラピーロボットとして売り込もうとしたが、失敗に終わり倒産しかけた。

「でも貴方の会社はアンドロイドの失敗によって倒産しかけたではありませんか。それを救ったのは私たちである事をお忘れですか。アンドロイドの開発に巨額の投資をして失敗しているのを見た我々が救いの手を差し伸べてあげたのです」

 やめろ江口。これ以上三鷹を挑発するな。お前の超利己主義が思い切り出ているぞ。三鷹にはAKANEという凶器がある。今ここで三鷹が実行しようとしているコマンドを実行されたら間違いなく死人が出る。

「救いの手? 馬鹿な事を言うな! この人殺しが。旧人体機構研究所がやらかした事件を棚に上げてよく言うな。OSの改良は大失敗に終わり、そこにいる野村や近藤の家族を惨殺したじゃないか! 違うか!」

 この状況で三鷹の肩を持つのは駄目な気がしたが、この言葉に関しては三鷹が間違いない。玩具を改造して複雑難解な計算を高速で求めるOSを生み出そうとした事は一つの失敗だった。一から作れば良かったものを、スピードを求め過ぎた河本と江口の考えによってが採用されてしまった。

「確かに。あのプレリリースは事故を起こしてしまいました。──ですが三鷹さん、実験に失敗はつきものです。あの事件は酷いものでしたが、あのお陰でアンドロイドが持つ破壊力を把握する事が出来ました。それは今の安全性を保つために生かされています」

 私は思わず江口を殴りそうになった。江口は人の命というものをあまりにも軽視し過ぎている。私の家族を実験材料として使った事を正当化する気か。ここまで利己的な考え方に走ったモンスターが作り上げた会社の安全性など、信用出来たものではないと思った。

「なるほど。お前の考え方は実に良く分かった。お前がそういう考え方ならこちらにもそれなりの作戦を用意している」

 ホログラムが三鷹からどこかの監視カメラの映像に変わった。そこに映し出されていたのは、MISAKOとその連れと思われる青年たちだった。

「先ほども言ったが、我々はMISAKOを把握している。そして、MISAKOのOSのシステムも当然把握している」

「残念だが、あのMISAKOは中身をオーバーホールされ別物だ。三鷹が思っているような凶暴さは彼女にはない」

 野村が口を開いた。その通りだ。旧人体機構研究所製とはいえ、リスクは全て取り除いている。彼女は修正パッチを運ぶ極めてクリーンな存在だ。三鷹の考え通りには動かないはずだ。

「そう思うだろう? だが残念だが、MISAKOは過去の凶暴さもしっかり残っているんだ。旧人体機構研究所で製造されたアンドロイドにはオリジナルボックスという独自の記憶域を持っている。そこはお前たちも消去し忘れたのではないのか?」

 しまった。三鷹が考案した独自の記憶域の存在をすっかり忘れていた。当時の三鷹案ではアンドロイドに個性を持たせるために一体一体に独自の記憶域を持たせていた。そこへ記憶する内容はアンドロイド自体に任せられ、我々人間が見る事は出来ない。

「このMISAKOはあの当時の記憶を保持している可能性が極めて高い機体だ。オリジナルボックスは『強制回顧リプレイ』という機能を持たせている。このコマンドを実行出来るのはオリジナルボックスを提案した私だけだ。さて、この状況でオリジナルボックスに対して『強制回顧リプレイ』を実行したら次に何が起こるか分かるか?」

 私は途轍ものなく嫌な予感がした。三鷹は過去の過ちを強制回顧リプレイさせ、2.0の時代に過去の惨劇を持ち込もうとしているのではないか。

「最後にもう一度問おう。江口、アンドロイド・ディベロップメント社の解体はするのかね、しないのかね」

 江口は黙ったままだった。私であったら間違いなく解体を了承するが、超利己主義の江口はそうはいかない。自分が作り上げてきた地位と名誉にしがみつこうと必死である。

「──時間切れだ。じっくり見ると良い。君はまた同じ過ちを起こす事になる」

「やめろ!」

 だが遅かった。三鷹はMISAKOへ強制回顧リプレイのコマンドを命令した。私を含め、野村、河本、木元は画面から目を一度背けた。江口は利き手を震わせ必死に何かと抗っていた。

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