第89話 対話
AKANEからの要求は破壊的なものだった。隣にいる近藤も私も江口も表情が強張った。アンドロイド・ディベロップメント社の解体が意味するものは、アンドロイド産業の崩壊だ。今まで体制がとれていたシステムのバランスがおかしくなり、今のインフラクオリティは担保できない。
「それは、三鷹からの指示か?」
江口は果敢に挑もうとしている。確かに、AKANEを動かしている黒幕の裏が取れなければ、こちらとしてもかなり動きづらい。最も、三鷹以外に当てはまる人物はいない。ここで仮に三鷹以外の人間がAKANEを動かしているとなると、状況は一気に不利になる。
「お答え出来ません。私の今の管理者はレベル
AKANEは表情を変えない。あの頃の恐ろしい笑みを浮かべなない。私はAKANEの顔をずっとは見られなかった。旧人体機構研究所のトラウマが蘇ってくるような感覚に襲われた。MISAKOよりも狂っているAKANEが世に放たれている事自体、世紀末のような感じがして身震いがした。
「先ほども申し上げましたが、江口社長。アンドロイド・ディベロップメント社の解体を求めます。貴方の目の前にあるタブレットより、署名してください。その署名の確認が取れ次第私はすぐにシャットダウンされます」
「では、私がここで署名を拒否した場合はどうなる」
「速やかにここのサーバーへの攻撃を再開し、アンドロイド・ディベロップメント社の管理下にあるアンドロイド全機の管理権を私の管理者に渡します。こちらのリストにあるように、既にアンドロイド・ディベロップメント社が保有する権限の7割はこちらで取得が完了しております。権限を使って実行するコマンドも用意済みです」
「何のコマンドを実行しようとしている」
「お教え出来ません」
江口は俯いた。河本は今にも失神するんじゃないかというレベルで動揺している。即ち、ここで江口が署名しなければ、アンドロイドの操作権を奪われ、世界中で殺人や強盗事件、それ以上の惨劇が起きるリスクがあるという事だ。
「江口、どうする。このままだと世界中が血祭りになりかねんぞ」
近藤が江口に耳打ちする。江口は首を横に振り、平静を装う。
「まだ決まったわけじゃない……」
「馬鹿、お前の会社が製造したアンドロイドといえども機械は機械だ。制御を誤れば簡単に人を殺せる。そうなったら、この業界自体の信用は再起不能なレベルまで落ち込むぞ。それにMISAKOが修正パッチを持っている。ここで本丸サーバーを壊されてみろ。全ての計画がパーだ」
近藤が諭すように江口に言う。確かに近藤が言っている事はもっともだった。アンドロイド・ディベロップメント社が仮に解体されたとしても、世界で最も影響力がある本丸サーバーは残る。そこに修正パッチを流し込んで再起動を掛ければ、世界への影響は最小限で止まる。どちらにせよ、アンドロイド・ディベロップメント社に一点集中のこの業界のバランスが正常に戻る。競争意識も出てきて、今よりも高性能なアンドロイドが出てくるだろう。
「ちょっと考えさせてくれ」
江口は額に手を当てて、近くの椅子に腰かけた。江口は周りの社員を見た。社員たちは黙って江口社長を見ている。社員からすれば江口はきっと立派な実業家なのだろう。──だがその化けの皮が今剥がれそうになっている。
「江口君。ここは近藤君の意見を聞くんだ!」
河本が江口に懇願するように言った。河本は過去の事実が表に出る事を恐れての発言だろうが、この場合理由はどうても良い。とにかく江口を説得しなければ、状況は暗転する。
──その時だった。
「江口君。そして旧人体機構研究所の皆さん、どうも」
ホログラム上にもう一つの人影が浮かんだ。そこに映っていたのは──三鷹だった。
「三鷹! お前何考えてる! 今すぐAKANEを止めろ!」
近藤が怒鳴る。それを見た三鷹は鼻で笑った。江口に持ち逃げされたせいで性根腐りきったのか。昔の三鷹とは思えない程ひねくれた表情をしている。
「近藤と野村がMISAKOを放っている事はこちらでも把握している。君たちがやろうとしている事は何だね全く……。アンドロイド・ディベロップメント社を結果的に助けているではないか」
「それは違う。アンドロイド・ディベロップメント社は世界で最も影響力のあるシステムを持っている。現状を鑑みればワクチンをこの会社のシステムに投与すれば最速で修正が可能だ」
「それで江口を混乱に陥れ禁断の命令──リセットJを実行させたわけか。まぁ、江口がリセットJを命令しないとこっちの計画も崩れる所だったから、そこは評価しよう」
「何目線でものを言ってるんだ。こっちだって、被害を最小限に食い止めるためにギリギリのラインで進めてるんだ。それを利用しあがって……」
近藤は怒りを抑えきれないでいた。三鷹はまたも鼻で笑った。笑ったかと思えば急に真顔に戻り大声を出した。
「利用したのはお前たちの方だろ! 旧人体機構研究所に技術提供を折角してあげたのに、それをあたかも自分たちの功績のように持ち上げあがって。何が国をあげたプロジェクトだ! このOSは私が最初に開発した。お前たちの道具じゃないんだよ!」
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