最終章

第83話 絶望の光

 私はアンドロイド・ディベロップメント本社に一人残され、ガラス張りの展望室から街を眺めた。最初に爆発が起こった遊園地からは黒煙が立ち上り、その周りには救助部隊が群をなしている。

「原地さん!」

 私を呼んだのはここの若手社員である元原さんだった。年齢は私と変わらないぐらいだろうか。中の部屋同士もガラスで仕切られたこの空間の向こうでは小走りで社員たちが移動するのが見える。アンドロイド・ディベロップメントという巨塔が揺るいでいる。そう感じた。

「元原さん。すいません、ついつい今の状態が気になってしまって。そろそろ出ますね」

「いえいえ。出来れば少しお話をさせて頂きたく思いまして」

 元原さんは反西本派に属していると噂で聞いた。今頃、江口社長も西本さんと会えているのだろうか。

「今、世界は大混乱に陥ろうとしています。江口社長が発令したリセットJは極めてリスクの高い命令です。最悪の場合、弊社のアンドロイドは再起動が不可能になるかもしれません」

「そんなに影響が出るのですか」

「出ます。リセットJは法整備の時点で出た素人案をそのままごり押ししたようなシステムです。我々エンジニア目線からすれば、世界中に散らばる数えきれない機体が同時に初期化される事はこの会社にある本丸サーバーに尋常ではない負荷を加えるんです。負荷試験でもこの情報量は処理したことがありません」

「それで先ほどから沢山の社員さんが騒いでいるわけですか……」

「えぇ。既に結構な数のクリティカルエラーを吐いていますからね。残り数時間、本丸サーバーが耐えられるか、かなり微妙な状態が続いています。──全く、社長も社長ですよ。こちらに一切理由を伝えずリセット指示を出すなんて……。あれでも本当に元エンジニアなんですか? って言いたくなっちゃいますよ」

「それで、話というのは」

「すいません……。話が長くなってしまいましたね。原地さん、リセットJが出た後に社長室に入られましたよね。そこで、何かこのリセットに関して手掛かりになるような事を聞きませんでしたか」

 元原は鋭い眼差しで私を見た。彼はきっと、この世界の真相にまだたどり着いていない。上司が私に伝えたの話をしても理解出来るものなのか。

「確かに、私は江口社長と色んな話を交わしました。ですが、この話は今の常識を覆してしまうような強大な破壊力を持っています。今このタイミングで話したら、元原さんを混乱させるだけかもしれません」

「それでも構いません」

 元原は即答した。

「どうせ薄々気づいてはいました。アンドロイド・ディベロップメント社の急激な成長の裏には数々の闇があることを。私もこれでもエンジニアなんでね。保守やってると、所々不自然なコードがOSにあるんです。そこは絶対に触れるな、昔の会社で作ったコードだから書き換えると他が動かなくなるとか、上司もよく分かっていないような感じで言ってました。じゃあこのコードはどこの誰がいつ書いたんだって話ですよね。この会社の前にあったものは一体何なんだっていう事ですよね。──江口社長もそこに関しては一切何も語らない。この会社は先代から引き継がれたという謎だらけのOSを武器に世界一の会社になったという、社内では一種の都市伝説ネタになっていますから」

 私は色々と理解した。アンドロイド・ディベロップメント社が開発したというコードは案外昔と変わらないまま引き継がれているという事なのか。江口社長は昔の研究所を隠すのに一生懸命であるが、コードはそのまま流用しているのか。

「分かりました。では、順番にお話ししましょう」

 私は元原さんへ話を託した。大越出版は今回の一件でアンドロイド業界から追放されるかもしれない。そうなったら、事実を知ってしまった私はもう大越にはいられない。未来のどこかで真実が絶えることなく繋がっていく事を祈って私は腹をくくった。

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