第81話 命よりも大切な会社
木元が江口の違法行為を見ていたという事実は私たちも知らなかった。通称スラム街と言われている再開発の進まない一部の地区に一時期身を潜めていた事も。
「単刀直入にお聞きします。あの地区を仕切っている人間を建物ごと爆破して殺しましたね?」
木元が問いただすと、江口の顔がますます歪んだ。木元は性格上用意周到な男だ。ここまで断言するという事は確固たる証拠を握っているに違い無い。
江口は何かに屈したかの様に頭を下げると絞り出す様な声で小さく呟いた。
「そうだ……」
河本の顔はより一層青ざめていった。それもそうだろう。「アンドロイドが人を殺した」という事実が本当ならば、人体機構研究所の悲劇と何も変わっていないからだ。
「江口君。それは本当なのかね。もしそれが本当ならば、大変な事になるぞ」
「河本大臣。これは処罰を受ける覚悟で行った事です。他のアンドロイドが同じ様に人間を殺す様な真似はしないので、安心してください」
「いやそう言う事じゃなくてね……。私は確かにアンドロイドを推進するために多少の犠牲は必要だと、昔言った。だがそれは、アンドロイドの普及によって失業者が多く出る事は仕方ないという意味であって、あの地区のトップを殺して良いなんて一言も言ってない……」
二人の会話を聞いていると近藤が何か納得したかの様に立ち上がった。このビルは元椎葉書店の本社ビルである。廃墟となって久しいが、電気は外部バッテリーを使えば難なく通電した。そしてこの部屋には沢山の本棚がある。そこには所狭しと様々な書類が置いてある。
「何を探しているんだ」
私が訊くと近藤は埃を被ったファイルを取り出した。それもまた、椎葉社長直筆の取材記録だった。
「このビルは椎葉書店の本社ビルだった。アーカイブのいくつかは実はここにまだそのまま残っていてな。椎葉社長はあのスラム街で取材を行っていた」
近藤はどうやら、この廃ビルに拠点を移す際にファイルをくまなくチェックしていたようだった。元々拠点を椎葉書店だったこの廃ビルに移そうと言い出したのは近藤だった。彼はもしかしたら、資料が残っていた事を知っていたのかもしれない。
「あの地区を仕切っていたと思われる人物はこいつでしょう。緒方という人物です。この取材記録を見ている限りだと緒方は過去に江口へ何度も直訴している様です。アンドロイドに職を奪われ、住む場所を失った。失業者へのサポートを何度も江口へ要求しているとの事です」
「つまり、江口社長と緒方は元々面識があった。そして、あの地区へ秘書アンドロイドを送り込んだ時、アンドロイドに選択肢を2つ与えたんです。私を見つけたら私に黒幕が誰なのか口を割らせる事。もう一つは緒方を見つけたら処分する事。結果的に私を見つけられなかったアンドロイドは緒方を処分した。あの地区は度々反アンドロイドデモを主催し、暴動を起こしていましたからね。アンドロイド・ディベロップメント社の利益を損ねてしまう。まさに、利益至上主義の江口社長らしいやり方です」
江口は何も反論しなかった。彼はいつもこうだ。利益が全ての人間だ。都合が悪い人間は消してしまう。アンドロイド・ディベロップメント社は沢山の屍の上で何くわぬ顔で動き続けるモンスターだ。
「この件は今の事態が終わったらきっちりと償ってもらいます」
木元はそう言うと椅子に深く腰掛けた。江口は無言を貫いている。我々の計画には江口が必要だ。そのため我々の計画が終わるまで、江口の汚れた心には目を瞑る事にしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます