第55話 デート前夜

 今僕は人生で最もと言っても過言ではない程ワクワクしている。何故なら、明日は美沙子さんとの初デートであるからだ。いつも優しく微笑んでくれる美沙子さんを隣で見る事が出来ると考えていると、胸が高鳴ってしょうがなかった。小学校の頃にあった遠足前夜の眠れない状態が今起こっている。

 僕の人生は、一体この先どうなるのだろう。美沙子さんは、僕と付き合ってどう思っているのだろう。不釣り合いとも言われた、この関係が今も続いている事に正直驚きを隠せないのは僕自身だった。



 帰りの電車の中、俺と中西は一言も言葉を交わす事はなかった。アパートに戻ってきた後も、お互いの口数は少なくなっていた。

「その友達には言ったのか……?」

「言えるわけないだろ……。直人は明日美沙子さんとデートをするって言ってたからな」

 それに、あの紙切れだけでは美沙子さんが人間ではない何かである事を証明する事は難しい。もしこれが何かの間違いで、美沙子さんが普通の人だったとしたら、直人と美沙子さんの関係に水を差す事になってしまう。

「なるどほな……。まぁでも、あの書類だけでは美沙子さんがアンドロイドである事を決め付けられないよな」

「全くだよ。アンドロイドの顔つきは本物の人間の莫大な顔パターンを使って造ってるらしいし、似ている人間が出てきてもおかしくない」

「その通りだ。だが、あの研究所で確かに事故があったのは間違いなかった。あの書類のコピーだ。見てみろ」

 中西は端末にちゃっかり書類のカメラスキャンデータを保存していた。美沙子さんそっくりの写真が載った部分をなるべく見ないようにして、恐る恐る書類を読んだ。


【人体機構研究所 緊急報告書】

 先日起こった、アンドロイドの誤作動による一連の事故について、報告する。まず、今回誤作動を起こしたのは型番【AA-6309】通称名【美佐子(ローマ字表記:MISAKO)】である。原因を調査したところ、思考回路部品Bに異常をきたしている事が分かった。思考回路Bには人間を模倣するための様々なパターンが組み込まれている。しかしながら、Bを制御するリミッター回路が動作しなくなり、自分を人間と錯覚する(通称【錯乱状態】)に陥っていた事が分かった。それ故、人間を尊重する力を失い、アンドロイドが一番優れているという危険思想に陥った。その結果、目の前にいた研究員に対して暴力を振るったと思われる。

 今回設計主任を務めた江口基弘によると、度重なるPC内でのシミュレーションでは何も異常は検出されていなかったのこと。第三者委員会を置いての開発プロセスの不正も検証したが、法律に遵守したものであり、今回の事故に関して過失性は極めて低いものと考えられる。

 当面の間は人体機構研究所の運営及びに研究開発は中止する事を幹部会議によって決定した。以下、美沙子シリーズの外見・及びに回路図を記載する。


【以上】


「江口基弘が主任を務めていたのか」

「みたいだな。今のアンドロイド・ディベロップメントがあれだけ高い技術を持っているのも、この時の研究成果があるからかもしれないな」

 俺と中西は無言で書類を凝視した。これが事実だとすれば、アンドロイドの安全神話は本当に崩れることになる。

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