第56話 不穏な静寂

 咲子に調査を当らせて数日が経ったが、未だに西本の黒幕を突き止める事は出来ていなかった。最も、西本はここ数日体調不良を理由に欠勤を続けている。間違いなく嘘であろうが、ここは一つ決定的な何かを掴むまでは我慢するしかなかった。

「咲子」

「何でしょうか、社長」

「この前の調査の時に知り合った男とはまだ連絡を取っているのか?」

「はい。彼の思考回路は単純だと判断しました。彼ならてきとうな事を吹き込んで、西本の捜索の手助けになるかと考えております」

「分かった。くれぐれも、俺の名前やわが社の名前は出さないよう頼む」

「それはもちろんです。契約内容通りにプログラムを実行しておりますので、ご安心ください」

「それと、気になることが」

「何だ」

「昨日、シリアルナンバー不明のアンドロイドと接触しました。彼女は『ブランクID』を探している。何か情報を知らないかと質問してきました」

「ブランクID?」

 一体何のことだろうか。秘匿シリアルナンバーとは違う何かの機体を指しているのか。それとも、アンドロイドとは関係のないものなのか。

「彼女とはそれ以外に何か話したのか」

「いえ。向こう側もレベルファイブの守秘義務遂行事項だと言っており、詳しくは話せないと」

「西本に関係する事なのか」

「分かりません。現在そちらも平行して調査を進めております」

 世の中の動きが確実に狂い始めているのは確かだったが、その黒幕は西本以外にもいるというのか。いや、西本の黒幕が同時多発的に何かを始めているのだろうか。

「社長!」

 いきなり扉が開いたと思ったら、部下が慌てた様子でこちらを見ていた。

「どうした」

「人工知能省の河本大臣と、大手二社の社長がご来社です」

 見ると部下の後ろに人影があった。それを見た咲子も自然と俺との距離をとった。

「河本大臣……。それに本剛さん、三鷹さん」

 河本大臣の表情は険しい。これは何かあったのか。

「いやぁ、すまないね。急に押しかけてしまって。君の会社が一番大きいだろうし、ここは堅苦しい人工知能省の建物ではなく、ここで話そうと思って」

「それは全然構いませんが、何かあったんですか」

「これは厄介な事になったかもしれないよ。江口社長」

 ただならぬ雰囲気に俺は唾を飲み込む事すら出来なくなりそうだった。

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