第54話 廃れた過去

 一体獣道をどのぐらい歩いただろうか。一向に何も見えてこなかったが、遂に先が開けたのを確認した。

「看板だ! ──間違いない。かなり錆びてしまっているが『人体機構研究所』と書いてある」

 中西が看板を指さして興奮気味に言った。看板の向こうには自然に侵食されながらも形を留めている大きなコンクリート造りの建物があった。

「ここが……あの惨劇のあった……」

「過去に葬られた建物だ。──行こう」

 さっきまで感じていた街の喧騒は驚くほど無くなっていた。今耳に響いているのは木々の擦れる音と俺たちの足音だけだ。

「ここが入り口のようだな」

 辛うじてエントランスと分かる所から俺たちは建物の中に入った。薄暗い建物内に入った俺たちは思わず息を呑んだ。

「これは……」

 そこには、恐らく当時製造されていたのであろう様々な種類のアンドロイドが硝子の中に展示されていた。薄汚れたガラスの向こうでにこやかに笑ったまま停止した数々のアンドロイドに俺たちはずっと見つめられていた。

「超強化ガラスで出来ているのか。数十年も経った今も不良たちから壊されずに形を留める事が出来た」

 中西はガラスに触れながら言った。確かに、どのガラスケースも傷一つ無く残っている。不良のたまり場として使われていたにしては状態が良すぎた。だが、辺りの備品を見渡すと、酷い壊し方をされているものが散乱しており、肝試しに使われていたのも容易に想像できた。

「進むか……」

 俺と中西はエントランスを抜けて二階へと続く階段を昇って行った。動物の糞や外から入ってくる草木で大変な事になっているが、それでも突き進んだ。あの記事のねつ造が本当であるかどうか、知りたかった。

「研究室Aと研究室B、それとこっちに研究室Cがあるが、森部、どこから行こうか」

「一番近いCから行こう」

二階はいたってシンプルな部屋割りになっていた。一階の豪華なエントランスとは真逆に殺伐とした風景のみが広がる研究室が並んでいた。

「これまた酷い廃れようだな……。窓ガラスが全部ぶち破られてる」

 外からの風を直で受けてしまうこの部屋もまた、アンドロイドによる殺人があったのだろうか。そう考えると急に怖くなって背筋が凍った。

「テーブルの上の書類はもう雨風で読めねぇな。森部、そっちの引き出しに何かないか探してみてくれ」

「分かった」

 俺はテーブルの下の引き出しを開けて中を見た。そこには何枚かの書類の束が埃を被った状態で眠っていた。

「何だこれ……」

 俺は書類を裏返して中身を見た瞬間。思わず書類を投げ捨てた。

「まさか……。まさか……」

「どうした!」

 中西も急いで駆けつけて来る。中西は俺が投げ捨てた書類を拾い集めると、書類に目を通し始めた。

「ここで造られていたアンドロイドの設計図の一部だな。──試作機のアンドロイドの名前は、美沙子って言うのか」

 美沙子──俺はその名前を口から血を吐けるほど知っている。何故なら、その名前を持った女性と俺の親友は付き合っているからだ。そして──

「どうしたんだよ。酷く震えて。──大丈夫か……? この美沙子っていうシリーズがどうやら事故を起こした機体っぽいな……。ほら」

 中西は俺に再度書類を見せてきた。そこには、──見間違いではない。そこには、確かに見たことのある顔が印刷されていた。

「嘘……だろ……」

「嘘って、何が?」

「その美沙子っていう機体と顔も全く同じで名前も全く同じの奴と今恋愛している馬鹿な友人がいるって言って、お……お前、信じるか?」

 中西はハッとした顔をして暫く硬直した。書類が地面に散った。

「──ま、ま……まさか! 嘘だろ……そんな事ってあるはずが」

「この写真を見ろ! ここに写っているこの顔とその書類の顔はどう見たって……」

 俺は携帯端末を開いて直人から送られ来た美沙子さんの写った写真を見せた。携帯端末を持っている手の震えが止まらなくなった。

「まさか……。まだ、う、う、動いている機体が、あるのか……」

「しかも、人間のフリをしてな……」

 気が付けば、俺と中西は建物を飛び出して、全力で元来た道を走っていた。

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