第8話 トランスPhase1

 結局、その日のデートは根本的な進展は無かった。私のこの女々しい性格が恐らくの原因だ。夕日がいつもよりも暗く感じて、足がいつもより重く感じて、何より口から出るのはため息ばかりだった。

「やっぱり、私と付き合うなんて、不釣り合いだよな」

 アパートに戻った私は久しぶり部屋中の全自動モードをオンにした。この時代、あらゆる面でオートメーション化が進んだ中で家事もまた、その対象になった。ゴミ出しの管理から電気のオンオフ、お風呂を沸かしたり、目覚ましをかけたりと全てを私がしなくてもAIがやってくれるのが当たり前だ。だが私はこのアパートで一人暮らしを始めてみると、惨めな気分になった。人がする事など殆ど残って無いんだと自覚した。私たちのご先祖様は現代人よりもウンと頭が良いのだろう。お陰様でこんなにも私は楽をさせてもらっている。

 ──だから、私は全自動モードを切った。

 家事ぐらい私自身でしたいからだ。家で一日中したい事をやってゴロゴロして快適に終わっていく毎日が異常だと思った。

 だが、恋愛というものは流石にオートメーション化されない。だからこそ、今回盛大に失敗し、立ち直れなくなるぐらいに落ち込んでいる。

「私自身でまいた種だ。仕方がないだろう」

『直人様。何かお悩みですか?』

 唐突に喋りかけてきたのはアパート各部屋に備え付けられている部屋を管理をするAIだった。久しぶりに全自動モードを起動したせいで、AIまで立ち上がってしまったようだ。

「何でもない。私自身の問題だ」

『それは、私にも解決出来る問題でしょうか?』

「いや、それは出来ないだろう。これは人間しか悩めないものだ。──悪いが一人にさせてくれないか」

『分かりました。困った時は何時でもアンドロイド・ディベロップメント株式会社が提供するAIへご相談ください』

 流石はこの社会の半分以上のAIシステムを管理している大手の会社だ。宣伝には抜かりがない。AIとの対話を切ったとしても、今の私の表情を解析してテレビのチャンネルを変えてくれたり、夜ご飯のメニューを提案・注文してくれたりしているAIは休むこと無く稼働している。今までスイッチを切っていた分、急に部屋が騒がしくなった様に感じた。

 私はため息を再びついてベッドに大の字に倒れこんだ。私に彼女を作ること自体、無理な事ではないか。思考が八方塞がりである。

『直人様。森部様からお電話です』

「受話器をあげてくれ」

 室内に巡らせてあるスピーカーユニットに電話を繋げた。こんな夜遅くに森部から電話とは、さては飲む相手が見つからないのだろう。

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