第7話 ビルディング02

 俺が創業したこの会社は間もなく三十年を迎えようとしている。言うまでもなくこの会社に人生を捧げてきた。私がアンドロイドというものを社会に普及させようとして長い時間が経った。いや、人間の歴史からしたら短い時間かもしれない。

 社会は便利になった。簡潔に表すならその言葉が適切だろう。だが、技術の高度な発展によって築かれたアンドロイドは同時に人間にとって多くの不都合を生み出した。だが、我々はそこに目をつむって生きてきた。

「江口社長。例の西本の黒幕についての調査の件ですが、進展がありました」

 社長室に入ってきたのは私の秘書アンドロイドである咲子だ。創業期に実験で使用後、勿体なかったから俺の秘書にした。

「そうか。それで何が分かった」

「はい。西本が会社に提出した経歴ですが、これが全て虚偽であることが分かりました。──私の調べによりますと、西本は昔別の会社で働いていた経歴がありましたが、その会社のデータベース上からは抹消されて履歴すらありません。勿論、当社の履歴書にも書かれていません。また、現在私の部下にも調査をさせておりますが、『西本』名義の他にもいくつかの名前を使って色々と黒幕と取引をしている様です」

「黒幕の姿は多少なりとも判明したか?」

「申し訳ございません。黒幕のセキュリティは異常と言えるほど堅く、その先にある情報を掠めとる事すら困難を極めています」

「アンドロイドである君が異常という程突破が難しいとは、黒幕もその辺りにいるとは訳が違うみたいだな」

 咲子の元で稼働している部下アンドロイドは社員たちにも公開していない秘匿シリアルナンバーで管理している。人のを検索する事は法律で禁じられている。だが、法律をかいくぐって西本はを動かしているのは確かだ。ここで引き下がる訳には行かない。

「咲子、お前は俺の会社をどう思う? このまま進むと何か騒ぎに巻き込まれると思うかね」

「その質問に回答出来るだけの十分な資源がありません。私はアンドロイドです。人の命令に従って動くだけの箱です。人間の動向を予測する事に必要性を感じません」

「随分と暗い思考を導いたものだな。君が稼働してもうすぐで二十五年になる。二十五年間で君が吸収したデータがそう言っているのかね」

「その質問を返す場合、頭脳に大きな負荷がかかり、通常業務に大きな遅延が生じてしまいますので差し控えさせて頂きます」

「そうか。それも君の一答えだとして捉える」

 創業期に存在していたアンドロイドと今のアンドロイドの頭脳は比べものにならない程遥かに複雑化した。だが、その複雑化によってもたらされる人間社会への影響はまだ誰も予想出来ない。

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