第3話 木漏れ日を浴びながら

 桜の花がこんなにも、緊張の余りチカチカと見えてしまうとは思いもしていなかった。美沙子さんは私の隣でゆっくりと歩いている。いや、私の歩幅に合わせているのか。そんな些細なことを気にする私は相当小さな男であろう。

 これから先のことを一切考えていなかった。思い付きで中ノ森公園に来たのはいいが、桜以外にこれと言って見るものが無い。

「桜、綺麗ですね。直人さんは花見等をしたことはあるのですか?」

「えっと、そうですね。何というか、大学のサークルとかでですかね?」

「そうなんですね。── 何だか、羨ましいです」

 美沙子さんは遠くを見るような目をしていた。美沙子さんの素性は分からない所がとても多い。だか私のような人間に興味を持ってくれる彼女に、興味を惹かれた。

「直人さん」

「はい?」

「この辺りには古本屋さんが多くあるようですが、桜を見た後に良かったら行きませんか?」

「あ、あぁ良いですね! 行きましょう!」

 俺は阿呆だ。デート前にもっとこの辺りをリサーチするべきだった。

「美沙子さんって読書好きなんですか?」

「好きですよ。とっても。更に言うなら、紙の本が好きなんです」

「紙の本とは、いいご趣味をしてらっしゃる」

 今時本を紙媒体で読む人なんて、見たことがない。紙主流の時代はもう70年も前の話だ。中学の歴史の授業で習った事がある。その昔は新聞も、漫画も、学校のテストだって、紙だったらしい。

「ちょっと古臭いですよね。紙で本を読むって。今時電子書籍が主流ですし。けど紙で読む物語って画面で見る文字よりも全然感じ方が違うんですよ。何と言うか、温かみがあるんです」

 美沙子さんは手の甲を撫でながら目を細めながら言った。益々、美沙子さんに私は興味を持っていかれた。彼女は不思議だ。凄く未来に生きてそうなのに、心は過去にある。そんな気がした。

「向こうの方まで、桜見に行きませんか?」

「見に行きましょう。向こうまで」

 後ろから春風に吹かれ髪がふわりと浮いた。心臓の音が落ち着いていくのがうっすら感じられた。

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