第4話 波星書店

 今日は折角の良い天気で、謂わば「デート日和」であるわけだが、私と言えば大した事が出来ていないまま時間が過ぎ去っていた。

 美沙子さんの提案で中ノ森公園の近くにある古本屋さんに行くことになったのだか、私よりも圧倒的なリサーチで、古本屋の道中にも様々な店に寄る事が出来た。まさに、今日のデートは八割型美沙子さんの提案によって進んでいる。私が提案出来たのは最初の珈琲と桜を見る事位である。

 古本屋に着く頃には情けなさと申し訳なさで一杯になってしまっていた。

「直人さん、この辺りは古本屋さんが何軒かありますが、何故だか知ってますか?」

 そんな中、美佐子さんが私に質問してきた。当然、私にそんな知識はない。私は更に落ち込んだ。

「えーっと。――すいません、知らないです」

「この辺りは昔、沢山の作家が住んでいた地域なんです。当時、出版業界は電子化を強く進めていました。ネット上に海賊版が出回ったり、何より紙の情報よりもネットの方が情報が新しくて良質だという考え方が強くなったからです。但し、その流れを良く思わない作家たちも沢山居ました。紙には紙の良さがある。――何とかして紙の本を流通させたい。そこで、その作家たちが組合を立ち上げてこの辺り一体に住み始めました。そして彼らは自分達で『波星なみほし書店』という書店を開きました。今日はその名残で、この辺りに古本屋さんが沢山あるんですよ」

 美沙子さんの流暢な喋りに私は圧倒された。何より知識量に驚いた。確かにこの辺りは「波星なみほし書店通り」という地名がついている。そんな深い歴史があるとは考えもしなかった。

 暫くして、美沙子さんは恥ずかしそうに顔を私から背け、謝り始めた、

「すいません。ベラベラと喋りすぎてしまって。私の悪い癖が出てしまいました」

「いやいや、物知りで凄いなと、聞き入っていましたよ」

 私は手を横に振って答えた。それでも美沙子さんは恥ずかしそうだったので、取り敢えず目の前にあった古本屋に入ってみることにした。彼女はきっとここに入ればまた楽しく話してくれるだろう。そんな気がした。

「この古本屋にでも、入りませんか?」

「直人さん。センスがいいですね。ここの古本屋さんは周りにある古本屋では中々手に入らないような本がいくつもあるんですよ」

 いや、ただ偶然が重なっただけだ。心の中で何度もそう繰り返した。だがここは挽回できるチャンス。中ノ森公園でのグダグダを晴らす絶好のタイミングだ。

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